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100年企業 52 産業別100年企業 新聞社後編

地方紙には政党や自由民権運動の機関紙としてスタートしたものもある。1882年創業の山陰中央新報社(島根県)は、島根県と鳥取県で「山陰中央新報」を発行している。前身は自由民権運動の機関紙として発刊された「山陰新聞」。幾度かの改題を経て1973年に現在の題号に変更。2002年に創刊120周年を迎えたばかりだ。


1879年創刊の「山陽新報」と1892年創刊の「中国民法報」が合併して生まれたのが、現在の「山陽新聞」。発行部数47部は評価できる部数だ。発行元の山陽新聞社(岡山県)は「山陽新報」の創刊をもって会社設立としているので、こちらも100年企業である。山陽放送の大株主でもある。


広島県、山口県、島根県、岡山県で発行されるブロック紙「中国新聞」発行元の中国新聞社(広島県)の設立は1892年。1945年の原爆投下で本社が被災し、一瞬にして社員 113人を失ったものの、2日間休刊しただけとは頭が下がる。中国放送の大株主でもある。


1899年創刊の「四国新聞」(香川県)は、当時の保守・中道政党である改進党系の機関紙「香川新報」として始まった。改題を経て1946年に「中国新聞」となったが、実際に発行されているのは香川県のみ。西日本放送とともに平井家がオーナーとなっている。実家の建設業を継ぎ、高松商工会議所会頭、四国商工会議所連合会会長など歴任し、政界に進出した平井太郎が現西日本放送を創設し、のちに四国新聞社の社長を務めた。


婿養子となった平井卓志氏も同社社長を務め、政界へ進出。1998年に政界を引退し、現在は四国新聞社社主・取締役会長、西日本放送代表取締役社長兼最高経営責任者。長男の平井卓也氏は二世議員として政界で活躍中、次男の平井龍司氏が四国新聞社代表取締役CEOに就任している。

愛媛県紙「愛媛新聞」は1876年創刊。2006年に創刊130年を迎えたばかり。四国中央テレビの大株主でもある。板垣退助の創立した政治結社「立志社」の機関紙から独立して、1904年に誕生したのが「高知新聞」。高知県唯一の日刊紙で、県内のシェアは80%を超える。


九州の新聞も歴史がある。「西日本新聞」(福岡県)は1877年創刊の「筑紫新聞」がルーツ。その後、改題を繰り返し、1942年に現題名に。発行元の西日本新聞社は「西日本スポーツ」も発行し、福岡ソフトバンクホークスの活躍を全面に押し出している。佐賀県紙「佐賀新聞」は1884年創刊。日本の日刊新聞で初めて電算写植による新聞製作システムに完全移行したことで知られている。


また、1996年に新聞社として全国初のインターネットプロバイダ事業をスタート。IT関連の先駆的な取り組みとして注目を集めた。1889年、「長崎新報」の題号で創刊したのが、今日の「長崎新聞」の前身。「長崎日日新聞」と改題後、原爆投下による社屋焼失など幾多の苦難を乗り越え、1959年に長崎民友新聞と合併して長崎新聞と改題して現在に至る。

「南日本新聞社」(鹿児島県)の歴史は、1881年の「鹿児島新聞社」の設立に始まる。創刊は1882年。全国の地方紙に先駆けた動きであったが、1889年に九州改進党鹿児島部の流れをくむ政治団体・鹿児島同志会に買い取られ、機関紙となる。「南日本新聞」の題字となったのは1946年。それ以降、南日本新聞社を中心にしたグループは九州地区の大手地場産業のひとつとなっている。


以上、足早に地方紙の「100年企業」をめぐってみた。明治に創刊された新聞ののれんを受け継ぎながら地場産業の支援に努めてきた地方新聞社だが、今日ではインターネットやテレビを含めた総合情報産業としての生き残りをかけているようだ。

By Master K/益田 慶