世界資源戦争 47 京都議定書の大きなリスク
京都議定書には、「京都メカニズム」と呼ばれる制度が採用された。それが、排出権取引、共同実施、クリーン開発メカニズムなどである。それぞれ複雑なシステムになっているのでしくみを伝えるには多くの説明を要するが、共通しているのは、その国が実際に二酸化炭素を削減することができなくても、なんらかの行為をすることによって「削減した」とみなされる逃げ道である。
たとえば、二酸化炭素の削減枠のない途上国で、EUや日本などの国が事業によって二酸化炭素を削減した場合、その量を自国の削減量に含めるといった制度。あるいは、温室効果ガスの排出枠を超えた国と排出枠に余裕のある国が、排出枠を「1トン6ドル」といった金額に換算して売買できる排出権取引。これらは「借金の肩代わり」のような制度にも思えるが、じつはかつて存在しなかった新たな市場を生み出すきっかけとなった。
二酸化炭素の削減という目に見えないものを数値化し、削減量を金額に置き換え、その排出権取引を行なう。その取引は、本来のエコロジーとはまったくジャンルの異なる「金融商品」の売買につながった。先行しているEUでは、すでに域内の大量排出企業を対象に排出枠が割り当てられ、取引市場が誕生している。
もともと科学の領域で扱われていた地球温暖化という課題が、政治問題にすり替わり、金融商品を生み出したのである。金融業界は、新たな商品の誕生を歓迎したであろう。「地球のため」という大義があるので、世界に向けて堂々と商品を販売できるし、資産家の寄付も集めやすい商品だからである。
ヨーロッパは、1980年代から温暖化と金融商品を結びつける研究を進めてきた。特にイギリスとドイツが大きくリードしていた。一方、日本はバブル崩壊による銀行の破綻、不良債権の処理に追われ、地球温暖化は二の次であった。日本は環境より金融業界を救済することが先決だったのだ。山一證券ほか数社の証券会社、生命保険会社が破綻したが、政府は特定の銀行の破綻を防ぐため、公的資金を投入した。政府のエネルギーは、金融危機を防ぐことに注がれた。
だから日本政府は、環境問題の主導権を握ることができないまま、挽回のチャンスを京都会議に求めた。しかし、すでに京都議定書の基準年を1990年とすることは、各国が合意していた。イギリスとドイツは優位に立ち、日本とアメリカは劣勢となった。アメリカは「署名するが、国会では批准しない」というシナリオを用意していた。当時、副大統領を務めていたゴアの支持基盤である民主党も、アメリカに与えられた二酸化探査の削減目標を認めないことでまとまった。そして京都議定書から離脱することになった。
イギリスやドイツは、そうなることを予測していたのであろう。アメリカは離脱し、カナダは履行断念を表明。経済成長を続ける中国とインドには削減の義務は負わせず、日本だけが不利になるというシナリオは、その通りとなった。排出権取引は、日本の経済発展を将来阻止できるばかりでなく、イギリスやドイツの産業に有利になる。日本は「マイナス6%」を世界に約束し、産業の発展と二酸化炭素の削減という矛盾する課題を同時にクリアせざるを得なくなった。ところが、領域全体で「マイナス8%」を承諾したEUは、「域内再分配」という名のもとに、国同士が二酸化炭素の削減枠を融通し、帳尻が合うようになっていた。
削減目標をクリアすることが難しい日本は、いやがおうでも排出権を外国から購入せざるを得なくなる。その額は1兆円とも2兆円ともいわれている。それはまるで「赤字国債」を発効するようなもので、のちのち日本の財政に大きな「負の遺産」になることは目に見えている。このように日本だけが大きなリスクを負うことになった京都議定書を疑わずに締結したことは、日本にとって本当に正しい選択だったのか、じっくり検証しておく必要があるだろう。
By Master K/益田 慶