世界資源戦争 46 京都議定書は「世界資源戦争」のひとつの側面
1997年に議決された京都議定書は、欧州の先進国とアメリカ、ロシア、カナダ、そして日本の資源・エネルギー戦略と政治が複雑に絡まって採択されたものだ。当然のことながら、どの国も自国にとってのメリットを最優先する。「自国だけ損をしてもいいから地球温暖化を阻止したい」と考える政治家はいないだろう。
政治家は、むしろ「環境問題は金になる」「環境問題によって、自国に新たな産業を育成できる」「温暖化対策の面で自国に利益をもたらすしくみを先に考え、実行すれば、環境問題に関しては世界のリーダーになれる」などと考え、国際条約に締結するはず。もちろん、政治家が無能なら、ある国にとっては「不平等条約」になることもある。
では、京都議定書の場合、どの国にどんな利益がもたらされ、どの国が損をしたのだろうか?
まず、京都議定書が採択された1997年時点での世界の二酸化炭素排出量を見てみよう。242億トンのうち、先進国が59%、発展途上国が41%、アメリカ23%、 欧州18%、ロシア・東欧13%、日本は全体の5%を占めていた。ちなみに中国は15%だったが、途上国ということで参考の数値とされた。
削減目標はEUがマイナス8%、アメリカがマイナス7%、日本とカナダがマイナス6%削減と決まり、ロシアは増えも減りもしない0%となった。計算の基準年は1990年、削減目標となる年は2008年~2012年だ。
ところで、国際条約は各国の首脳が国際会議で調印したのちに、自国の議会の承認を得て初めて成立する。これを「批准」という。アメリカは2001年、上院が反対して京都議定書から離脱。EUと日本は2002年、ロシアは2004年に批准した。京都議定書の発効には、55カ国以上が議定書に参加することや、批准した国の二酸化炭素の排出量の合計が削減義務の合計の55%以上になることといった条件がついていた。最後にロシアが批准したことで、その条件が整い、京都議定書は発効されたのである。またEUは、複数の国がグループとして全体で削減目標を達成することになった。
京都議定書の計算の基準となる1990年を見てみよう。その年の温室効果ガスの排出量は、日本が11.9億トン、アメリカが61.3億トン、イギリスが7.4億トン、ドイツが12.5億トンだった。そして京都議定書会議が開かれた時点で、2000年の排出量は、日本13.4億トン、アメリカ70.4億トン、イギリス6.5億トン、ドイツ10.1億トンと予測された。イギリスは13%、ドイツは19%の削減がすでにできるという状態だったのだ。つまり、条約を結ぶ時にすでにイギリスとドイツは目標を達成していたのである。
一方、アメリカと日本は条約を結ぶ時点ですでに基準となる年から、大きくオーバーしていた。日本の削減率は「マイナス6%」だが、2000年の時点ですでに13%も超過しているのだから、合わせて19%もの実質削減率を課せられたことになる。すでに省エネを推進してきた日本にとって、乾いたタオルをさらに絞る必要が生まれた。これ以上減量できないボクサーと同じ状態だったのである。要するに、日本はもともと不利な条件で約束できそうにないことを約束したということになる。
マイナス7%削減が課せられたアメリカは、実質的には22%の削減が求められることになった。石油業界からの圧力もあり、アメリカは京都議定書に締結することで経済成長にブレーキがかかることを見越し、脱退した。削減する必要のないイギリスとドイツは、自国に有利な国際条約であることを知り、京都議定書に批准した。見方を変えれば、EUの権益を守るための条約であったともいえる。
By Master K/益田 慶