100年企業 45 産業別100年企業 食品業界 後編

食品業界で老舗が多いジャンルが和菓子だ。江戸時代からお菓子は土産物として必須アイテムであり、また日本で発展した茶道とは切っても切れない関係にある。


東京の「虎屋」と和歌山市の「駿河屋」は、ともに室町時代の創業で、「老舗中の老舗」と呼ばれている。「とらや」の看板で知られる虎屋。たかが和菓子だと、あなどってはいけない。年商197億円(2007年度)の優良企業であり、和菓子の老舗で最も成功した企業である。室町時代にすでに「虎屋」を名乗り、「御饅頭所」の看板を掲げ、天皇家に献上したという記録が残っている。現在、全国はもとより海外にも販売店を構え、直営の喫茶「虎屋菓寮」も展開している。ちなみに現社長の黒川光博氏は、第17代当主にあたる。


「駿河屋」は、初代岡本善右衛門が現在の京都・伏見の郊外に「鶴屋」の屋号で饅頭の販売を始めた1461年を創業としている。世界にも珍しい「500年企業」だ。羊羹発祥の店として名高く、蒸羊羹を改良してつくられた伏見羊羹は、豊臣秀吉の大茶会で諸侯に引き出物として使われ、絶賛されたと伝えられている。五代目善右衛門が紀州藩の藩祖・徳川頼宣に召抱えられ、紀州・和歌山へ移り、紀州家御用菓子司となる。のちに徳川家発祥地の駿河国にあやかって屋号を「駿河屋」とする。全国に駿河屋の名を持つ菓子店が多く存在するが、分家・のれん分によるものは11社のみだ。


「創業300年」の歴史を誇る「赤福」(三重県伊勢市)は、賞味期限の偽装と売れ残り商品の再利用で近年さらに有名になった。メインの赤福餅は、もともと伊勢神宮前で販売され、人気を博したもの。12の直営店と120の委託販売店が主な販路だ。あまり知られていないが、企業としての「赤福」は、菓子製造、レストラン経営、不動産管理、警備保障などからなる企業グループを築いている。300年も続いている「赤福」のブランド価値はすこぶる高く、歴史の浅い企業からすれば、うらやましい資産といえよう。


和菓子はもともと神社仏閣や観光地の土産として購入されてきたので、歴史のある観光地ごとに「100年企業」があるといえる。1805年創業の「船橋屋」(東京都江東区)は、亀戸天神参道でくず餅やあんみつなどを販売したのが起源。創業200年を機に創作スイーツの店を開店させている。浅草の「雷おこし」で有名な「常盤堂 雷おこし本舗」は、江戸時代中期から浅草の土産として定着した「雷おこし」の老舗。こちらは「250年企業」だ。


地域の特産物を加工したお菓子も多い。愛知県の港町では昔から漁師たちは、海老のすり身をあぶり焼きした「えびはんぺい」と称するおやつを食していた。これが尾張藩主から徳川家に献上され、特産品となっていた。1889年、創業者の坂角次郎が「えびはんぺい」を加工して、貯蔵できる「えびせんべい」を製造した。これを起源とするのが、えびせんの老舗「坂角(ばん)総本舗」(愛知県東海市)だ。えびせんで年商96億円をあげる老舗である。


最後に、京都の老舗を一軒紹介しておこう。「水田玉雲堂」は1477年の創業。同店が製造する唐板(からいた)は、「日本最古の菓子」と称されているせんべいだ。唐板は、清和天皇が863年に執行した御霊会で神前に供えられた疫病よけの「唐板煎餅」が起源。「応仁の乱」のあと、現店主の祖先が御霊神社境内に茶店を出店し、唐板を販売したところ、御霊神社の名物となり、世に知られることになった。明治維新前までは、皇室に皇子が誕生すると、御霊神社の参詣の際に皇族関係者が必ず土産として購入していたという。日本の老舗には、水田玉雲堂のように日本最古や世界最古と称される商品や建物を有する企業が多く存在しているのである。

By Master K/益田 慶