100年企業 44 産業別100年企業 食品業界 中編
日本茶と海苔の食品メーカー「山本山」は、1690年創業の老舗中の老舗。初代山本嘉兵衛が京都・宇治の茶を多くの人に飲んでもらおうと考え、江戸・日本橋で茶・紙類を商う店を開いたのが起源だ。当時世界最大の人口を誇る都市になりつつあった江戸に進出したのは、山本嘉兵衛の商人としての勘だろう。のちに山本嘉兵衛は、幕府御用達の茶師となる。六代目が「玉露」を発明し、知名度はさらに浸透した。この老舗ののれんにあぐらをかかず、戦後は海苔の製造販売を開始したことが、同社が飛躍する要因となった。
海苔の仕入時期は11月~3月と、ちょうどお茶の仕入時期(4月~10月)の後になり、茶に香りが移らず、1年を通して仕入と販売ができることから、茶と海苔というメイン商品を確立した。同社の高級フランドは現在、お中元・お歳暮の定番商品となっている。ちなみに、現社長の山本嘉兵衛氏は九代目にあたる。
もう一社、お茶の老舗を紹介しておこう。京都「福寿園」は1790年、福井伊右衛門が山城国上狛(現京都府木津川市山城町)で茶商を開いたのがルーツ。江戸後期から明治時代、日本茶は生糸と共に輸出の花形産業となり、同社のお茶は主に神戸港より輸出、貿易茶の産地問屋として発展した。1952年に、京都駅に初の直売店を設けて以来、卸売りの他に全国各地に直売店、百貨店への出店を行ない、製造直売方式で業績を拡大した。ちなみに、サントリーのヒット商品「伊右衛門」は、同社の茶葉を使用している。創業者の名の伊右衛門は「福寿園」の銘柄でもある。
味つけポン酢「味ぽん」や納豆「金のつぶ」で知られる「ミツカングループ本社」(本社:愛知県半田市)は、調味料の大手総合メーカー。グループ売上高は1512億円。醸造酢は、日本トップクラスのシェアを築いている。造り酒屋を営む初代中野又左衛門が酒粕酢醸造(日本酒の製造後に残る酒粕を用いた醸造酢)に成功して分家独立し、1804年、尾張国半田村(現・愛知県半田市) で創業した。1811年には半田工場を開設、1887年には、三本線の下に丸をつけたロゴを商標登録した。1950年代に瓶詰化をスタートさせ、「ミツカン酢」のブランドで全国展開したことが、同社が「100年企業」から「200年企業」にステップアップした最大の要因である。
味噌業界では圧倒的なシェアを誇る「マルコメ」(本社:長野県)は、1854年に味噌、醤油醸造業を開始したのが起源。「米」という漢字を丸で囲んだロゴと、くりくり坊主の「マルコメ君」のキャラクターで知られる。生味噌、即席味噌汁、業務加工用味噌を製造している。健康志向の高まりから、味噌の評価も高まり、近年では海外向け商品の開発にも力を入れている。
「鈴廣」は、神奈川県小田原市に本社を置く蒲鉾を中心にした食品会社の屋号であり、「鈴廣蒲鉾本店」の登録商標である。1865年、村田屋の屋号で魚商を営んでいた四代当主村田屋権右衛門が、漁業の副業として小田原の魚河岸に近い代官町(現在の本町)にてかまぼこ製造を開始。「鈴廣蒲鉾本店」「鈴廣かまぼこ」「小田原鈴廣」「スズヒロシーフーズ」などからなる鈴廣グループは、これをもって創業としている。
江戸後期、蒲鉾は、小田原宿や箱根温泉の客に特産品として食され、参勤交代の大名や武士が好んで持ち帰った。明治に鈴木姓となり、六代当主鈴木廣吉が屋号を「鈴廣」と改め、かまぼこ製造を本業とした。以降、工場を建設し、分社化を進め、「箱根ビール蔵」「かまぼこの里」などの運営も手がけている。グループの連結売上は115億円。小田原市を代表する企業グループとなっている。
By Master K/益田 慶