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100年企業 43 産業別100年企業 食品業界 前編

食品は老舗の多い業界だ。京都や奈良など古都はもとより、地方の名産を製造する零細企業を含めると数えきれない。そこで、ある程度名の通った企業をピックアップして紹介しよう。


水産・冷凍食品のトップ「マルハニチロ水産」は、1880年創業の「マルハ」と1906年創業の「ニチロ」が統合して誕生した企業。どちらを起源としても100年企業である。ちなみに「マルハ」はかつて「大洋漁業」という社名で遠洋漁業を展開した企業。同社が運営したプロ野球チームが「大洋ホエールズ」、現在の「横浜ブルーウェーブ」だ。


総合食品分野トップ、1兆円企業の「味の素」は、創業者の鈴木三郎助が1907年に設立した鈴木製薬所がルーツだ。グルタミン酸を主成分とする調味料の製造特許を得て、1909年にはすでに「味の素」という名で販売している。調味料のほか、加工食品・冷凍食品など豊富に扱っている。1981年に医薬品事業に参入。栄養食品の「アミノバイタル」は、同社のアミノ酸研究から生まれたヒット商品だ。2007年には「カルピス」を買収し、完全子会社としている。


醤油・調味料分野には老舗が多い。「ヒゲタ醤油」は1616年に、「ヤマサ醤油」は1645年に、ともに銚子で誕生した。両社とも代々濱口家が当主を務めている。ヒゲタ醤油の濱口敏行社長は、12代当主濱口吉右衛門の次男、ヤマサ醤油の濱口道雄社長は12代当主である。ヒゲタ醤油は、同じく千葉県に本社を構える「キッコーマン」と資本提携している。キッコーマンの前身は野田醤油。キッコーマン当主の茂木家とヒゲタ醤油・濱口家は縁戚関係にあり、ヒゲタ醤油の前身である「銚子醤油」の社長をしばらく茂木家が務めたのち、12代当主濱口吉右衛門に大政奉還した。


その野田・茂木家が醤油製造を伝授したのが、群馬・館林の正田家であった。正田家は江戸時代、群馬県で米穀問屋を営んでいた富豪だったが、明治に入り廃業。正田家中興の祖・本家の3代目正田文右衛門が1873年に始めたのが「正田醤油」(群馬県)だ。群馬県の老舗企業にして名門正田家の本家である。


その3代目正田文右衛門の孫にある正田貞一郎らによって、1900年に群馬県に「館林製粉」が設立された。これが現在の「日清製粉グループ本社」だ。貞一郎は1908年に「日清製粉」と改称。以降、製粉事業から食品・医薬・ペットフード事業へと拡大し、2001年に現在の持株会社となった。傘下に製粉部門(日清製粉)、食品部門(日清フーズ)、ペットフード部門(日清ペットフード)などがある。カップヌードルの「日清食品」とは資本関係はない。ちなみに現会長の正田修氏は創業者正田貞一郎の孫にあたり、美智子皇后の実弟である。


トマトジュースやケチャップで有名な「カゴメ」は1899年、創業者のトマト農家・蟹江一太郎がトマトソースの製造を開始したことに始まる。1908年にはトマトケチャップ、ウスターソースの製造を開始したというから、100年前からケチャップをつくっていた、まさに野菜食品の老舗といえよう。2007年には、アサヒビールと業務・資本提携した。


フルーツ缶詰の老舗「サンヨー堂」は、1880年に初代店主逸見勝誠が広島県で野菜缶詰を試製したのが始まり。広島生まれなので屋号を「山陽堂」とし、「サンヨー・SUNYO」印の商標を登録。フルーツ缶詰をメイン商品として年商430億円。2008年に100周年を迎えた「崎陽軒」は、シウマイをメイン商品に掲げて年商200億円。和洋菓子やレトルト食品で知られる「中村屋」は1901年、東大正門前に開業したパン屋を始まりとする。クリームパン、中華まん、純インド式カリーなど中村屋が考案した、あるいは初めて紹介した食品は多い。


By Master K/益田 慶