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100年企業 35 産業別100年企業 建設業界後編

準大手・中堅ゼネコンにも「100年企業」は多い。大阪に本社を構える「銭高組」は1705年、錢高林右衛門が棟梁として作業員を集め、本願寺尾崎別院の建立に携わった事業をもって創業としている。明治に入ると、大阪・東京を中心に紡績工場、鉱山施設、兵舎建築など数多く施工して業容を拡大。現在に至るまで創業の銭高家が社長を務める。主な施工実績は、東京大学本館、大阪合同庁舎、本州四国連絡高速道路瀬戸大橋、関西国際空港旅客ターミナルなど。


1871年、鴻池忠治郎が大阪で建設業と運輸業を個人創業したのをルーツとするのが「鴻池組」。同じ名前だが、鴻池財閥とは無関係だ。1898年に淀川改良工事を手がけ、名前をあげた。1945年、運輸部門を「鴻池運輸」の名で分社化。主な施工実績は、六甲山トンネル、東京国立博物館、名古屋市立美術館、損保ジャパン本社ビルなど。4代目社長で現会長の鴻池一季氏までは、創業家の鴻池家直系子孫が社長を続けてきた。

By Master K/益田 慶

学校・医療・福祉関連施設に強い「戸田建設」は1881年、大工の戸田利兵衛が東京・赤坂で「戸田方」の屋号で建設請負業を開始したのが始まり。早くから鉄骨や鉄筋コンクリート造りに取り組み、1910年にはロンドンで開かれた「日英博覧会」の工事を受注、1912年には英国風ゴシック様式を採用した慶応義塾大学記念図書館(三田)を手がけた。戸田建設は堅実経営で知られる。金融支援を受けたことのない無借金経営から、格付づけは「準大手A」。主な施工実績は、早稲田大学大隈講堂、日経新聞東京本社ビル、愛知県庁舎、北里研究所病院など。


戸田建設と業務提携を結んでいる「西松建設」も「準大手A」の格づけをもらっている。創業は1874年。西松桂輔が土木建築請負業を創業。トンネルの工法や地盤改良など土木技術に定評がある。上信越自動車道、関越自動車道、九州自動車道など道路やダムを数多く手がけている。


「ダムのハザマ」と呼ばれるほどダム建設に強い「ハザマ」は1889年、福岡県で間猛馬が開業した「間組」が起源。その後、東京に本社を移し、黒部ダムや御母衣ダムなどを手がける。超高層建築物件では、マレーシアのペトロナス・ツイン・タワーの建設で知られる。ピーク時には大手ゼネコンに迫る売上をあげていたが、バブル期の経営失敗により多額の債務を負い、経営再建中。


そのハザマが資本提携したのが、1873年創業の「安藤建設」。創業者の安藤庄太郎が、煉瓦建築は新時代の建築であると見通しを立て16歳で独立。東京に瓦建築業「安藤方」を創業したのが始まり。明治初期に鉄骨、鉄筋コンクリート造りを手がけ、全国業者に成長。業界に先駆けて大型コンクリート板によるプレハブ工法を開発した。中高層ビルに強い。


その安藤建築が業務提携している「東亜建設工業」は、浅野財閥総帥・浅野総一郎が1908年に鶴見・川崎地区の海面埋立てを目的に組織した「鶴見埋立組合」が実質的な創業。その後、事業を受け継ぐ「鶴見埋築会社」を経て現社名に変更。海洋土木に強く、レインボーブリッジは同社が出かけた。


大阪を地盤とする「淺沼組」は、1892年に淺沼幸吉が奈良県大和郡山市に「淺沼組」を創業したのが始まり。庁舎、商業施設、集合住宅、道路など幅広く手がけている。創業家の淺沼家から社長が登場している創業オーナー企業のひとつ。官公庁建設に実績があり、主な施工実績は、久留米市新庁舎、東京湾アクアライン、大阪市中央体育館、横浜ポートサイド地区再開発など。


1896年、広島県呉市で水野甚次郎が創業した「水野組」を前身とするのが、海外大型工事で有名な「五洋建設」だ。明治・大正時代に呉や佐世保など海軍の工事を受注して成長。1961年にはスエズ運河改修工事を受注。広島から東京に本社を移し、現社名に改称。カタール、イラン、シンガポール、マレーシアなど海外で海洋土木を手がけている。