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100年企業 33 産業別100年企業  百貨店編・後編

地方都市にも創業100年を越える老舗の百貨店がある。「松坂屋」や「大丸」のように中央に進出して全国区になった企業がある一方、あえて全国展開しなかったからこそ「100年企業」になりえた百貨店もあるだろう。


1615年に後藤家が名古屋で創業した「十一屋呉服店」をルーツとするのが、名古屋の老舗「丸栄」だ。戦中の企業整備令に基づく百貨店整理統合により、同じく名古屋に本店を構える「三星」と合併し、「丸栄」が誕生。「三星」のオーナーは京都で百貨店「丸物」を経営する中林仁一郎で、彼が「丸栄」の経営にも関与したが、経営不振から1995年に地元名古屋の企業グループ「興和」が経営再建に加わった。


「興和」は、医薬品、繊維、商社など幅広く手がける「100年企業」で、現在も筆頭株主だ。名古屋といえば「松坂屋」の本拠地で、百貨店の激戦区だが、「丸栄」はターゲットを10代後半から20代前半に絞り、松坂屋との差別化に成功している。


1749年創業の「矢尾百貨店」は、埼玉県秩父市唯一の百貨店。百貨店業界は呉服店を前身とする企業が多いが、「矢尾百貨店」のルーツは初代・矢尾吉兵衛が始めた酒造業だ。「秩父錦」ブランドで知られる酒蔵メーカー「矢尾本店」は250余年続く老舗として名高い。「矢尾百貨店グループ」には、ほかに家具店、メモリアルホールがある。こちらは地元密着のグループ企業として生き残る戦略をとっているようだ。

鹿児島、宮崎に店舗を構える百貨店「山形屋」は1751年創業。地元密着型百貨店として生き残り、店舗ごとに一企業として独立している。創業者は、山形県庄内地方の北前船商人で、薩摩藩主の許可を得て鹿児島城下で最初の呉服店としてスタートしたのが起源。屋号は創業者の出身地だ。「山形屋」は神戸以西の地域では最古の百貨店で、「大丸」と肩を並べるほどの伝統がある。坪あたりの収益率は高く、事実上「ひとり勝ち」を続けてきた。また子会社の「山形屋ストア」がスーパーを展開している。


1806年、田中丸善吉が佐賀県牛津で創業した荒物商「田中丸商店」を起源とするのが、「佐賀玉屋」(佐賀市)と「佐世保玉屋」(長崎県佐世保市)だ。九州では鹿児島の「山形屋」に次ぐ歴史がある。両社とも創業家の子孫がオーナーを務めている。かつては福岡市や北九州市にも店舗を持っていた。「佐世保玉屋」は長崎に支店を持ち、子会社が伊万里で「伊万里玉屋」を開いている。


仙台にも老舗百貨店がある。1819年創業の「藤崎」だ。初代・藤崎三郎助が仙台で木綿商を始めたのがルーツ。江戸時代に仙台の富豪となり、明治に入り、「藤崎呉服店」を開業。現在、仙台を中心に東北地方でギフトショップやスーパーも展開している。現社長の藤崎三郎助氏は7代目にある。


中国・四国地方最大の百貨店グループである「天満屋」の創業は1829年。多くの女子マラソン選手を輩出している女子陸上部を抱えることでも有名だ。初代・伊原木茂兵衛が現在の岡山市で「天満屋小物店」を開いたのが始まり。直営店は岡山県、広島県にあり、グループ会社が米子市、高松市に「天満屋」ブランドの店舗を運営している。百貨店以外にスーパー、ホテル、人材派遣業などを傘下に収める企業グループを築いている。売上は連結で約1736億円あげているが非上場。創業者一族の伊原木家が同族経営を続けている。

山梨県甲府市の「岡島百貨店」は1843年創業。茶業と呉服業からスタートしている。2002年には「三越」と業務提携。ホームセンターの経営のほか「ケーズデンキ」とFC契約を結び、2店舗を運営している。
こうして地方の老舗百貨店を見てみると、地元密着度を増していることがわかる。大手の進出によって競争が激化しているので、大手と業務提携し、伝統ののれんだけは守って活路を見出すのもひとつの方策だろう。


By Master K/益田 慶