100年企業 32 産業別100年企業 百貨店編・前編
百貨店業界の「100年企業」として、すぐに思い浮かぶのが「松坂屋」と「三越」だ。松坂屋は織田信長の家臣であった伊藤蘭丸が1611年、名古屋に呉服小間物商「いとう呉服店」を開いたのが起源。本来の屋号は「いとう屋」だが、1767年に江戸・上野にあった呉服店「松坂屋」を買収した際、すでに知れ渡っている江戸の屋号をそのまま使用した。松坂屋は戦後の一時期、三越、髙島屋をしのぎ、単独で日本一の売上を誇った。
創業家の伊藤家は、名古屋で銀行やホテルを経営するなど伊藤財閥を築き、長い間、松坂屋の経営権を握っていたが、1985年、16代伊藤次郎左衛門会長の死去にともない、副社長から会長に就任したばかりの大番頭格の鈴木正雄が社長に就任。創業家の17代伊藤洋太郎社長が代表権のない会長に棚上げされ、「松坂屋クーデター」と称された。当時、伊藤社長は、鈴木正雄会長がリベート事件に関与していたとして取締役会を招集して糾弾するつもりだったが、逆に鈴木派に反撃されて社長解任決議案を出された。以降、伊藤家以外の社長が経営者を務めている。そして記憶に新しいのが2007年に起こった「大丸」との統合劇。統合後の売上高は、当時一番だった「髙島屋」のグループ連結売上1兆427億円を抜く約1兆1,600億円となり百貨店業界の首位に立った。
「大丸」も1717年創業の「100年企業」。知名度はさておいて、売上は「松坂屋」より多く、一時期は「三越」との合併が噂されていたが、地域競合が少ないことから老舗同士の大型統合が決まった。両社の持株会社である「J.フロントリテイリング」の代表には、大丸・奥田務氏がCEO、松坂屋・岡田邦彦氏が会長として名を連ねている。ともに百貨店業界のリーダーだ。
この統合は、同じく江戸時代生まれの老舗「三越」と明治生まれの老舗「伊勢丹」の経営統合に大きな影響を与えた。「三越」は1673年、三井高利が江戸本町に呉服店「越後屋」を開いたのが始まり。「伊勢丹」は1886年、初代・小菅丹治が神田に「伊勢屋丹治呉服店」を創業したのが起源。どちらも「100年企業」だ。両社を運営する持株会社「三越伊勢丹ホールディングス」の設立は2008年4月なので、今期の決算報告はまだだが、統合前の「三越」の売上(連結)7739億円、「伊勢丹」の売上(連結)7647億円を足せば、「松坂屋・大丸」を抜き、2008年度からトップに立つことになる。このように老舗百貨店の業界再編は激しい。
2005年、「伊勢丹」の連結子会社となった福岡の「岩田屋」も1754年創業の老舗だ。全国区の知名度は低いが、九州出身者には有名。こちらもスタートは呉服店だ。会社再建中の2002年、創業一族である中牟田喜一郎会長と中牟田健一社長が退任。中牟田一族は経営から手を引き、3年間の再建計画が終了した時点で伊勢丹の連結子会社となった。現在は、三越伊勢丹ホールディングスの傘下だ。
1869年創業の「松屋」も「伊勢丹」と業務提携した百貨店である。初代・古屋徳兵衛が横浜・石川町に「鶴屋呉服店」を創業したのが始まり。1899年、東京・神田の「松屋呉服店」を買収し、のちに屋号を「松屋」に改める。1970年代のオイルショック以降、経営難に陥り、再建の過程で伊勢丹と東武百貨店が支援に入り、伊勢丹とは業務提携を開始。しかし、三越と伊勢丹の経営統合により、松屋と伊勢丹の蜜月もあやしくなっている。伊勢丹が統合する三越の銀座店は、松屋銀座店の隣。銀座エリアで互いに地域一番店を競う松屋からすれば、伊勢丹が突然ライバルと結婚したのも同然。今後の関係は微妙だ。
一方、「松坂屋・大丸」に売上ナンバーワンの地位を奪われた「髙島屋」だが、こちらも老舗の「100年企業」だ。1831年、飯田新七が京都・烏丸松原で古着・木綿商「髙島屋飯田呉服店」を開いたのが創業。1898年に心斎橋に進出し、本社を大阪に移す。老舗最大手の中では数少ない独立系百貨店。東京店、横浜店、大阪店、玉川髙島屋など大型店舗が多いのが特徴だ。
By Master K/益田 慶