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100年企業 31 産業別100年企業  中小専門商社編・後編

中小の専門業者に「100年企業」は多い。市場が小さくても、その中である程度のシェアを確保することによって今日まで継続して来られたのだろう。


富山県高岡市の「塩崎商衡」は、1740年に大工道具、仏具、銅器、金物を扱う「指物屋道具屋利兵衛」として創業したのがルーツ。高岡は古くから銅器の産地であったことから、明治に入り、銅器の製造・販売に乗り出し、戦後はアルミ鋳物製・家庭用鍋・釜などの扱いも開始。現在は計量・計測機器の専門商社として知られている。現社長の塩崎利平氏は八代目にあたる。


1790年に初代小倉久兵衛が、江戸・京橋南伝馬町で油蝋商「和泉屋」を創業したことを起源とするのが、「小倉貿易」だ。明治初期に日本橋に進出して「小倉久兵衛商店」と改め、麻・漁網船具商を専業として発足。以後、明治末期にかけて業容を拡げ、マニラ麻、ラミー麻など広く海外より輸入販売。大正時代に現社名に改め、現在はパルプや機械部品、プラスチック製品、生活用品の商社として展開している。


1798年、初代小林吟右衛門が、近江国(現滋賀県)で創業したのが「チョーギン」だ。「丁子屋」の屋号を用いたことから、小林の名とあわせ、丁吟(ちょうぎん)と呼ばれた。のちに彦根藩御用達商人となる。近江商人の躍進は続き、1831年、二代目小林吟右衛門が日本橋に織物問屋を創業。京都、大阪にも支店を出し、両替商も営んだ。その後、織物販売部門を分離し、今日の衣料品の卸と小売が始まる。現在、百貨店に洋服を卸しているほか、京都店の跡地と東京の所有地に「ホテルギンモンド」を建設し、経営している。


「日本紙パルプ商事」は紙の専門商社。初代・紙屋弥兵衛が1845年に京都に和紙商「越三商店」を開いたのが起源で、明治に入って京都府御用達となり、王子製紙とも取引を開始。その後、本店を東京に移し、いくつかの紙商社を吸収して拡大。1970年代に東証、大証とも上場。国内外に卸と加工、物流の一大ネットワークを築いている。


1854年創業の「森友通商」は、初代森友徳兵衛が徳島県より上京して、現在同社が建つ日本橋の地に荒物雑貨問屋「阿波屋」を開業したのが始まりだ。現在は日用品雑貨、医療用具、乾物食品の卸を手がけている。「問屋無用論」が浸透している今日、同社は中小規模の日用品卸問屋を集めてオンラインショップを立ち上げ、問屋の可能性を模索している。


1852年創業の「田中産業」は、黒船来航の1年前に初代田中与助が日本橋箱崎町で創業した麻船具問屋「十一屋与助商店」をルーツとする船舶機械商社。築地にマリンショップを経営し、関連会社がマリーナの管理やボートのメンテナンスなど船舶関連の事業を展開している。


1861年、増田善兵衛が現在の埼玉県で行商の行き返りに商売をする「持下り商い」を開始したことをルーツとするのが「掘田丸正」。明治に入り、日本橋大伝馬町に呉服問屋を開業。「丸正」の名で衣料品の卸と直営を展開し、のちに和装品の卸・小売企業「ヤマノグループ」の一員となり、2007年に「堀田」と合併。現在、和装品、洋装品、寝装品、健康関連商材等と貴金属・宝石等の卸売販売、意匠撚糸の製造販売を手がけている。


1862年、初代外村市郎兵衛有常が金堂村(現滋賀県)で布類の卸売業を開業したことを始まるとするのが和装問屋の「外市」だ。外村市郎兵衛は近江麻布や関西木綿を江戸へ、関東の衣服を京・大阪へ送った近江商人。現在、本社は京都市にあり、和装と洋装のアクセサリーや貴金属の問屋を営んでいる。京都には老舗呉服商社が多く、1867年に塚本喜左衛門が烏丸に創業した「ツカキ」も近江商人が開いた店が始まりだ。現在、ツカキグループとして和装、貴金、ウェディングドレスを手がけているほか、京都市内の不動産管理も行なっている。


By Master K/益田 慶