FXライフ 41 中部アフリカの通貨 赤道ギニアとチャド
赤道ギニア共和国は、ギニア湾に浮かぶ諸島から成る国。面積は北海道の3分の1で、人口は約52万人。1968年にスペインから独立し、1987年より今日に至るまで赤道ギニア民主党が一党支配を続けている。通貨は、ガボン、カメルーン、コンゴ共和国と同じく中部アフリカ諸国銀行(BEAC)発行のCFAフランだ。
伝統的にカカオ豆とコーヒー栽培によるプランテーションの農業国だったが、1980年代に油田探査が行われ、1992年にビオコ島沖で油田が発見、1996年に原油生産を開始して以降、急速に経済成長を遂げた。稼働している探査チームの数はアフリカ諸国最大といわれている。近年のGDPを見てみると、15%(2003年)、10%(2004年)、6.9%(2005年)と推移した。しかし2006年に-5.6%に転じている。マイナスに転じた要因は定かではないが、石油と天然ガスを中国、アメリカ、スペインに輸出することで外貨を稼いでいることと無関係ではないだろう。
同国の石油利権の大半は、米国エクソン・モービル、米国アメラダ・ヘス、米国マラソン・オイル、米国シェブロン、仏トタルなど欧米企業が押さえている。特に米国企業が積極的に進出し、発言力を強めているが、2003年から2004年にかけて米国企業から赤道ギニア政府への石油利権獲得をめぐる「裏金」が発覚し、贈賄疑惑が浮上した。同国への進出は米国以外にもスペイン、日本、中国などが競い合っている。
2005年にはマラソン・オイル社と赤道ギニア石油公社が共同で推進中の液化天然ガス(LNG)プロジェクトに丸紅、三井物産が参画。また2006年には中国海洋石油有限公司(CNOOC)が赤道ギニア石油公社と共同で海底油田の探査事業に着手することを発表。このように海外資本が小さな島国に集まったことから、汚職やクーデター未遂が起こったり、5億ドルを超す不明金と海外口座の存在が噂されたりするなど、きな臭い動きも見られる。
1960年にフランスから独立したチャド共和国も石油資源の開発が進んでいる国だ。通貨は赤道ギニアと同じ中部アフリカ諸国銀行(BEAC)発行のCFAフラン。国土の約3分の2が砂漠地帯で内陸部というハンディと内戦による不安定な政治情勢が続き、長い間綿花と畜産中心の貧しい国のひとつだったが、2000年に多国籍石油会社グループがおよそ300の新油田開発を手がけ、2003年には世界銀行の融資によって、隣国カメルーンのクリビ港に至る全長1070キロの石油パイプラインが完成。パイプラインは、エクソン・モービル、シェブロン、マレーシア国営石油企業ペトロナスの合同事業である。2004年に石油生産を開始し、2005年には1日に17万バレルの産油量に達した。この時期、シェブロンとペトロナスの原油生産量はチャド全体の60%にまで達したといわれている。
GDPも10%(2002年)、11%(2003年)、30%(2004年)、6%(2005年)、4.6%(2006年)と急成長を続けている。2006年には中国と国交樹立し、中国はチャド政府に多額の支援を開始した。もちろんチャドの石油利権を確保するためである。
このように数年間で多額の外貨を獲得してきたチャドだが、世界銀行への返済は遅れ、世界最貧国のひとつ(国連開発指数による世界最貧国177カ国中173位)を抜け出せないでいるのはなぜなのろうか? それはデビー大統領の長期政権が続いたことで大統領側近と出身部族が利権を独占し、汚職が蔓延していることと、石油収入が貧困対策に用いられず、東隣スーダンが支援している反政府軍との間で続く紛争など軍事費に使われたことと無関係ではないだろう。さらにスーダンのアラブ系民兵組織による非アラブ系民族への虐殺(ダフール紛争)によって生まれたダフール地方の難民がチャドに逃れたことで、チャドが難民を抱える事態に発展したことも無視できない。
チャドはGDPだけを見ると目覚ましい発展をしているように見えるが、ほとんどの国民は貧しい生活を強いられているようだ。GDPだけを重要視していると、陰に隠れている大切な要素を見落としてしまうのである。
By Master K/益田 慶