FX検定公認テキスト「外国為替FX投資の黄金律」 → 詳しくはこちら

100年企業 27 産業別100年企業   生命保険会社編

日本では、銀行の誕生とほぼ同じ頃に誕生した生命保険会社。老舗の生保は、国策として明治政府の意向を受けて誕生したものと財閥系に大別できる。そして銀行業界同様、吸収・合併・統合を繰り返して今日に至っている。


生保として最も古い組織は1880年、安田財閥総帥・安田善次郎が「安田生命」の前身である「共済五百名社」を設立したことに始まる。翌年、福沢諭吉門下の阿部泰蔵と三菱の正田平五郎が「明治生命」を設立した。阿部は慶応義塾大学塾頭から文部省に入省した官僚だった。正田も福沢に認められ、教師になったのち、三菱に入社して初期三菱の経営戦略を担ったエリートだ。


このように「安田生命」と「明治生命」が日本最古の生保だが、ご存じのように2004年、存続会社を明治生命とした「明治安田生命」が誕生。同社は明治生命の創業年1881年を採用しているので「100年企業」ということになる。明治生命は三菱グループ、安田生命は芙蓉グループ。旧財閥・企業グループの枠を超えた大型合併だった。


社名を変更せずに現在に至る生保の最古参が、1888年設立の「朝日生命」だ。旧古河財閥に属し、現在も日本通運や古河機械金属(旧古河鉱業)の大株主である。業界地図からすれば、古河銀行→第一銀行→第一勧業銀行→みずほ銀行という流れがあることから「みずほフィナンシャルグループ」に近いものの、近年では「三菱グループ」と見なされることも多い。ちなみに朝日生命の前身である「帝国生命」の設立発起人は、「資生堂」創業者の福原有信で、設立5年後には帝国生命の社長に就任した。なお、老舗生保ではあるが、損保子会社を持っていない。


1889年に設立された「日本生命」は現在、生保業界第一の保険料収入を誇るビッグカンパニーだ。その子会社、関連会社、主要株主となっている企業は数えきれない。その起源は、多くの銀行設立に関与した弘世財閥・弘世助三郎が関西最初の生保として立ち上げたものだ。初代社長こそ関西経済界の重鎮、鴻池善右衛門に担ってもらったが、実質的には副社長の片岡直温(のちに若槻内閣で大蔵大臣に就任)と弘世助三郎ラインでスタートしている。


意外に古いのが1893年創業の「太陽生命」だ。もともと「名古屋生命」として創業されたもので、1908年に改称。1999年には「大同生命」と業務提携。一時は経営統合して「大同太陽生命」が誕生するのではないかと思われたが、両社の統括会社「T&D保険ホールディングス」が持株会社となり、大同と太陽はともにホールディングスの子会社となった。


その「大同生命」も歴史は古く、1902年の創業だ。朝日生命(現存する朝日生命ではない)と護国生命、北海生命の3社が合併して誕生。太陽生命同様、旧三和銀行系列。つまり関西に軸足を置くUFJグループだったわけだが、三菱グループとの合併により、結果として三菱グループに飲み込まれた。


1902年創業の「第一生命」は、当時としては珍しく非財閥系だ。創業者の矢野恒太は、日本生命、安田生命の前身である「共済生命」の設立に関与したのち、当時の農商務省保険課長を務めた人物。日本で初めて相互会社形式での保険会社を構想。こうして第一生命が誕生した。なお、「安田生命」の実際の設立は1894年。「共済五百名社」の運営に行き詰った安田善次郎が矢野を抜擢し、矢野と安田を中心に「共済生命」を興したが、矢野が経営陣と対立して退社している。


業界第3位の「住友生命」は、1907年の創業。名前からわかるように旧住友財閥が出資して誕生した会社だ。銀行、損保、資産運用分野とも「三井」と合併して「三井住友銀行」「三井住友海上」「三井住友アセットマネジメント」が誕生しているが、生保に関しては合併の見込みはないようだ。


By Master K/益田 慶