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100年企業 26 産業別100年企業 都市銀行編

銀行の「100年企業」を調べていくと、江戸から明治にかけて潤沢な財力を得意分野に集中、あるいはリスクを分散させながら、財閥へと成長した現在の企業グループのおいたちが見えてくる。


金融機関には「金融機関コード」と呼ばれる、独自に割り当てられた4桁の番号がある。0001~0017は都市銀行、0116~0190は地方銀行、1001~1996は信用金庫といった具合にグループ化したうえで振り分けられている。では、0000は欠番なのかといえば、そうではない。1882年に設立された「日本銀行」に0000がつけられている。銀行の「100年企業」といえば、まず日本銀行の名をあげなければいけないだろう。


ここで「日銀は企業ではないじゃないか」と思われる人がいるかもしれないが、日本唯一の中央銀行である日本銀行は政府から独立した法人で、日本銀行法により資本金は1億円と定められている。そのうち政府が55%を出資し、残りは民間等の出資となっている。つまり、半官半民の企業なのである。日銀はジャスダックに上場しており、出資者には出資口数を証明する出資証券が発行されている。なぜジャスダックなのかといえば、東証では上場基準に満たないからだ。


金融コード0001を引き継ぐ存続会社が「みずほ銀行」だ。起源は三井組と小野組が設立した「三井小野組銀行」をベースにしてつくられた「第一国立銀行」。渋沢栄一が音頭を取って1873年に創業し、初代頭取も務めている。「国立」とついているが、財閥系企業による民間経営で、法律上では日本初の株式会社である。その後、何度も行名を変え、一度は三井銀行と合併したが、のちに分離。その後、存続会社の第一勧業銀行が富士銀行、日本興業銀行と統合し、現在のメガバンク誕生となった。第一国立銀行を創業とするなら、みずほ銀行は「100年企業」ということになる。


金融コード0009をもらっている「三井住友銀行」は、前出した「第一国立銀行」の創業の際に主導権を手放した三井が1874年に創業した私立「三井銀行」と、江戸時代に別子銅山の経営で財を成した住友家の個人経営による「住友銀行」(1895年創業)がルーツだ。もともとは三井銀行に金融コード0002が与えられていたが、0009の住友銀行が存続会社となったため、0002は消えてしまったことになる。どちらの創業を採用しても三井住友銀行は「100年企業」である。それにしても日本を代表する財閥系の三井と住友が、銀行分野だけとはいえ合併して「三井住友」と名前を連ねることを100年前に誰が想像しただろうか。


ちなみに、かつて0003をもっていたのは富士銀行だが、その前身は安田財閥の安田銀行であった。銀行設立は財閥でなければ実現できなかったのであろう。その富士銀行は3行の合併により前出した「みずほ銀行」となったので、0003もまた消えてしまった番号のひとつである。


意外に歴史が浅いのが三菱系。「三菱銀行」が設立されたのは1919年。その後、「東京三菱」を経て「三菱東京UFJ」となったのは周知のごとくだ。仮に「三井住友銀行」とUFJグループが手を組んでいたなら銀行再編はまた様子が異なっていただろう。「りそな銀行」のツールも歴史が浅く、野村財閥が「大阪野村銀行」を設立したのは1918年。のちに大和銀行を経てあさひ銀行を吸収し、りそな銀行が誕生。りそなの金融コード0010は、大和銀行の存続コードである。


こうして見ていくと、都市銀行の「100年企業」はあまり多くないことがわかる。銀行法の改定や相次ぐ吸収合併による業界再編が顕著にあらわれているのが銀行業界といえるだろう。


By Master K/益田 慶