FX検定公認テキスト「外国為替FX投資の黄金律」 → 詳しくはこちら

FXライフ 39 中部アフリカの通貨 ガボン、カメルーン

赤道ギニア、カメルーン、コンゴ共和国と国境を接するガボン共和国。15世紀末にポルトガル人が渡来し、奴隷貿易を行い、次いでオランダ、イギリス、フランスが進出。1910年にフランス領赤道アフリカの一部となり、1960年に独立した。共和制・大統領制を採用する立憲国家で、公用語はフランス語だ。


通貨は、旧フランス植民地を中心とする多くの国で用いられる共同通貨の「CFAフラン」だ。西アフリカ諸国中央銀行(BCEAO)発行のものと、中部アフリカ諸国銀行(BEAC)発行のものがあり、価値は同一だが、相互に流通はできない。ガボンは後者発行のCFAフランだ。1958年から1フランス・フラン=50 CFAフランの固定レートであったが、1994年に100 CFAフランに切り下げられた。


CFAフランの切り下げは当時のバラデュール首相(仏)が押しつけたものだが、狙いは国際市場での外貨建てによる輸出品価格を下げることでサハラ以南アフリカ諸国の競争力を高めることにあった。世界銀行とIMFは切り下げを利用して、経済の自由化・民営化政策を推し進めた。
ガボンでは、CFAフランの50%切下げを契機に暴動が発生するなど、政治的・社会的緊張が高まった。同国政府は、CFAフラン切下げに対処するためIMFとの間で構造調整計画に合意し、債務繰延べが承認された。


ガボンは石油が埋蔵されているギニア湾に接した国。国土の産油国80%以上が森林で、近隣諸国と比べ人口は少ないこともあり、石油による収入によって国民所得はアフリカでは高いクラスに位置する。石油開発に関して国の関与が少なく、比較的自由に海外の企業が進出できたので早い時期から開発が進んだ。たとえばギニア湾の海底油田「ボードロア・マリン油田」は1970年代にフランスのエルフ社(現トタル)が発見し、開発を進めたものだ。


一部の鉱区については三菱商事の子会社MPDCガボン社がトタルと権益を折半し所有している。ガボンは1975年~1995年にOPEC に加盟し、1996年に脱退している。理由は、原油の減産要求や拠出金の多さに不満があったからだとされている。また他の天然資源としてウラニウム、マンガン、鉄など鉱物資源が豊富にあると見込まれている。

2005年度のGDPは2%。フランスを中心とする主要先進国と穏やかな外交を展開し、近年では日本、韓国、中国との関係強化にも力を入れている。課題は石油依存型経済構造を脱皮し、産業の多角化を図ることと失業率(20%)対策。熱帯木材の好調さから林業にも力を注ぎ、雄大な自然は観光資源としても活用されつつある。


隣国のカメルーンも中部アフリカ諸国銀行(BEAC)発行のCFAフラン流通国だ。ドイツの支配時代を経て、フランスとイギリスの植民地に分かれていた時期があることから、まず1960年にフランス領カメルーンが独立。翌年、イギリス領カメルーンの北部がナイジェリアと合併、南部はカメルーン連邦に加盟した。1984年にカメルーン共和国に変更し、今日に至る。


独立後は、東西いずれの国の影響も受けずに独自の立場を貫くという理念によって非同盟路線を維持しているが、経済的にはフランスとの結びつきが強い。カカオ、コーヒー、バナナなどの農産物、1970年代後半に採掘がはじまった原油の輸出によって経済的に成功したものの、1980年代後半には農産物と原油価格の下落によって約10年間不況に陥った。


その後、水力で電力をまかなえるようになり、減少傾向にあった石油生産も新油田の開発があり、増産にも成功したことで経済は再興され、2000年以降は4~2%成長が続いている。物価上昇率も安定しており、アフリカ諸国にあって数少ない自立した国のひとつになったようだ。原油、ココア、綿花、木材などをスペイン、イタリア、フランス、イギリス諸国に輸出し、フランス、ナイジェリア、中国などから消費財や資機材を輸入している。日本は同国からカカオ豆、コーヒーを大量に輸入し、良好な関係が続いている。

By Master K/益田 慶