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FXライフ 35 南部アフリカの通貨 アンゴラとザンビア

西は大西洋に面し、東にザンビア、南にナミビア、北にコンゴ民主共和国と隣接するアンゴラ共和国。ポルトガルから独立したのは1975年。現在アフリカ最大のポルトガル語圏となっている。


独立後は、米国・南アフリカが支援するアンゴラ解放戦線全面独立民族同盟(UNITA)と、ソ連・キューバが支援するアンゴラ解放人民運動(MPLA)双方が政府を樹立し、内戦が続いた。一時期はMPLAが政権を掌握し、社会主義政策を敷いたものの、1990年に社会主義路線を放棄し、複数政党制に移行。その後も内戦は続き、二者の間に休戦協定が結ばれたのは2002年のことだ。


独立した1975年、中央銀行のアンゴラ国民銀行が発券を行い、すべての商業銀行と外資系銀行が国有化された。通貨は1977年にアンゴラ・エスクードからクワンザ(AOA)に代わった。さらに90年末、クワンザは50%以上切り下げられ、新クワンザに切り替わった。新クワンザはその後も内戦による経済疲弊のため、たえず切り下げられてきた。クワンザ以外に米ドルも一般的に流通しており、ホテル、レストラン、タクシーやレンタカーの支払いは、どちらの貨幣でも使用できる。


長い内戦によって土地が荒廃し、主要産業の農業生産が落ち込み、各地で飢餓が生じた。またマラリアが大量に発生したこともあり、海外からの食糧援助に依存せざるを得なくなった。耕作可能な土地は国土のわずか3%、常時耕作されているのは0.2%である。主要な輸出農産物は北部で栽培されているコーヒーだが、年間生産量は1980年代の1万5000トンから2005年には1250トンに落ちた。


休戦協定の締結以降、石油生産を中心とする経済の復興が進められた。内戦によって開発ができなかったが、アンゴラの沿岸部には90億バレルの原油が眠っていると見られており、内陸部にはダイヤモンドが産出する。世界的な石油価格の高騰に助けられ、2005年の成長率は20.6%、2006年は14.6%を記録した。石油はもっとも重要な鉱物で、輸出総額の90%を占める。アンゴラから最も多くの石油を輸入しているのが中国だ。2006年には中国の温家宝首相がアンゴラを訪問し、経済援助を約束した。


現在アンゴラはアフリカにおける中国第2の貿易相手に成長している。そして2007年1月、アンゴラはOPECの12番目の加盟国となった。採油は1960年代からカビンダの沖合で行われ、製油所はカビンダとルアンダにある。2004年の原油産出量は3億2966万バレル。2番目はダイヤモンドで540万カラット。アンゴラ政府は石油依存型経済からの脱皮を図るため製造業の振興を進め、精糖、製粉、ビールなどの飲料、魚粉、加工食品をはじめ、繊維、セメント、ガス、化学品の製造がおこなわれている。


アンゴラと接するザンビアは、1964年にイギリスから独立。以降一党制独裁を敷いてきたが、1990年に複数政党制へ移行し、アフリカにおける民主化のモデルとなった。内戦もなく、政局は安定している。


通貨はザンビア・クワチャ(ZMK)。ザンビアの産業といえば、植民地時代から銅の生産が盛んで、コバルトや鉛、亜鉛も産出している。しかし銅が輸出額の約6割を占めており、銅の生産量と国際価格の変動がザンビアの経済に大きな影響を与えてきた。近年、銅の国際価格が上昇したことにより、GDP14.3%(2006年)と好調期を迎えているが、原油の国際価格の上昇はザンビア経済にとっても大きな懸念材料となっており、現ムワナワサ政権は、この経済構造から脱却するため、農業や観光の開発を中心とした産業構造改革を最優先の政策のひとつに掲げている。


最大の課題は、貧困とHIV/AIDSの蔓延である。ザンビアでは人口の6割以上が1日1ドル以下で生活する貧困層であり、都市部では長年に亘る経済不振により失業者があふれ、犯罪も増加傾向にある。また、成人のエイズ感染率が約17%と高く、現在、国民の平均寿命は38歳にまで低下している。

By Master K/益田 慶