ヨーロッパの財閥と企業グループ 68 エネルギー資源をめぐる攻防(6)
トルコの輸出港ジェイハンは、イラク産出の石油の積み出しルートとして最も近道です。イラクの巨大油田はペルシャ湾から積み出していますが、トルコ経由で地中海へ搬出した方が遥かに経済的にも政治的にも安定性が高いのです。欧州最大の石油輸出ターミナルを目指すトルコはもちろんのこと、イラク政府に「石油ガス枠組法」と呼ばれる新法案を提案したアメリカもイランの石油をアテにして政治の舵取りを進めてきました。
イラクの油田は1972年、当時副大統領だったサダム・フセインが中心になって国有化し、それまで石油利権を握っていた欧米石油会社を追い出した経緯があります。米国と英国はこの利権を奪回するためにイラクに進出したと見られるのも仕方ありません。
イラクの原油生産量は、2016年には現在の4倍前後の日量900万バレルに達するとして、イラクの潜在的石油産出能力が世界中から期待されています。米軍を主力とする多国籍軍が駐留を継続する中、米国と英国がイラクの正常化を目指す理由は、石油利権獲得を目指す米欧メジャーがイラク中央政府との大型契約を狙っているからだという見方もされているほどです。
一方、世界の中堅石油会社は、中小油田が多いクルド自治区政府との契約を進めています。イラク北部のクルド自治区は大部分が山岳地帯で、確認埋蔵量は36億バレル、イラク全土の3%を占めるものの、油田開発はほとんど進んでいません。クルド自治区政府は、埋蔵量450億バレルの可能性があると宣伝し、外国資本の参入を呼びかけています。
新法案「石油ガス枠組法」は、昨年夏からアメリカの助言に沿ってイラク政府内で検討され、今年1月の閣議で法案として決定され、その後は5月の決議を目標に議会で審議が進んでいましたが、シーア派、スンニー派の強硬な反対を受けて、審議は暗礁に乗り上げています。法案は、今後イラクで行われる新しい油田・ガス田の開発について、外国からの投資を受け入れるとともに、石油やガスの販売によって得た利益を、外資の石油会社、イラクの中央政府、地方政府(クルド自治政府など)が山分けすることを定めています。新法が成立すると、米英などの外国資本と地方政府、特に親米・親イスラエルのクルド人政府に石油の利権が分配されます。
しかし「新法によってイラクの石油開発が進む可能性は低い」とする識者は少なくありません。逆にイラク国内のクルド人、シーア派などの間の石油利権をめぐる争奪戦を激化させ、イラクの政情の不安定化に貢献する恐れの方が大きいと見ています。石油ガス産業は、油井施設、長いパイプライン、精油所、積出港など、軍事攻撃に弱い施設を多く抱える産業で、操業には地域の長期的な政情安定が不可欠。イラクの政情が今のように不安定である限り、イラクで新しい油田やガス田が開発される見通しは低いと見積もっているのです。トルコ政府が、カスピ海からつながる「BTCパイプライン」に目をつけたのは、イラクの再興に疑問を抱いているからに相違ありません。特にクルド民族の分離独立運動が自国へ及ぼす事態を危惧しており、「イラク中央政府が認めない外資契約に基づく石油の輸出には協力しない」姿勢を示しているようです。
一方、ロシアは本年3月、ブルガリアとギリシャの領土を通るパイプラインの建設を発表しました。「ブルガス-アレキサンドロポリス石油パイプライン」です。完成の暁には、欧州、米国、アジアに向けて毎年3500~5000万トンの石油がカスピ海およびロシアから輸送されることになります。新計画では、黒海沿岸のノボロシスクからタンカーで運ばれた石油はブルガリアのブルガスカ港からパイプラインでギリシャのアレキサンドロポリスへ送られ、そこで再びタンカーに積まれ、地中海へ向かうのです。
By Master K/益田 慶