ヨーロッパの財閥と企業グループ 55 欧州財閥の系譜(31)

広大なロシアには、総延長8万5千キロの線路と120万人の従業員数を誇る鉄道会社があります。連結会社の合計で日本最大の従業員を抱えているトヨタが264,000人であることを鑑みると、この鉄道会社がいかに巨大であるか理解ではるでしょう。世界最大の鉄道会社がロシア国営の「ロシア鉄道」です。2003年にロシア政府を単独の株主とする公益会社として設立された、ロシアにおける最大級の独占企業体のひとつで、1年間に輸送する乗客は約13億人、取扱い貨物量は約13億トン。全ロシアにおける輸送の約80パーセントを占め、ロシアのGDPの3.6パーセントを計上しています。


2003年に同社の副社長に就任し、2005年に社長に就任したのが、ウラジーミル・ヤクーニンです。彼はレニングラード工科大卒業後、レニングラード国立応用化学研究所、ソ連閣僚会議国家通商委員会、ヨッフェ物理技術研究所を経て、ソ連国連代表部員となり、のちに同第一書記を務めました。ソ連崩壊後は実業界に転じ、2つの会社を設立。ロシア銀行取締役にも就任します。その後、官界に戻り、ロシア交通省第一次官を経て、「ロシア鉄道」の副社長に抜擢され、2005年遂に社長へと昇進しました。ヤクーニンは国連代表部勤務の間にKGBの要員であったと噂され、事実プーチン大統領の側近グループのメンバーでもあり、プーチン政権に影響力を与える新興財閥として注目されています。


ヤクーニンとロシア鉄道の動向が日本で注目されている理由は、彼が次期大統領候補であることと、モスクワ-サンクトペテルブルク間を結ぶ高速鉄道新線の建設に関してロシア鉄道が来年度にも国際入札を行うとの考えを明らかにしたからです。早ければ2012~2014年の新線開業をめざすこの新線に、日本の新幹線に匹敵する時速300キロ超の「ロシア版新幹線」の実現をめざす方針なのです。
今年3月に来日したヤクーニンは、東京都内で日本のメーカーや建設会社、金融機関など13社を招いて会合を開き、高速鉄道計画への協力を要請しました。

また、ロシア鉄道が株式の3割を保有するサハ共和国のエリギン石炭鉱床やシベリアの鉱山開発に関しても、ヤクーニンは「日本企業との合弁も視野に協力したい」と語っています。こちらも日本企業にとっては吉報でした。
そして6月末、日本政府は「ロシア版新幹線」の建設についてロシアと協議を行うと公式発表をしました。これは新幹線技術の売却を念頭に置いた協議で、ロシアの自治体首長や住民が日本の技術に高い関心を抱いていることを踏まえて経済産業省が動いたものです。


モスクワ-サンクトペテルブルク北方では、トヨタや日産など日本企業が工場建設を進めており、高速鉄道網が導入されればロシアの工場への日本からの部品調達がより効率的にできるという利点があります。一方のロシア政府は、シベリア鉄道経由でロシアに日本の工業製品を導き、その先に欧州への輸送の拠点にしたいという青写真があるようです。


ただし高速鉄道の技術提供に関しては、フランスの高速鉄道TGV(Train a Grande Vitesse)、ドイツの高速列車ICE(Inter City Express)との厳しい競争が予想されています。これと同じ状況が中国でも展開されています。北京~上海間の高速鉄道の建設をめぐっては、日本、フランス、ドイツそれぞれの技術の導入、そして中国の自国開発という選択肢があります。仮に日本が運行システム(3300億円)と車両(455億円)の受注を獲得したなら、ロシアの入札にも大きな影響を与えることでしょう。


このように他国における高度な技術を必要とする建設は、すでにグローバリズムが定着し、日本、ドイツに代表される技術国が競合となっています。北京オリンピックの建設需要によって日本の鉄鋼・造船業界が潤ったように、ロシアの高速鉄道の建設も今後どこかの国の企業に大きな売上げを寄与することでしょう。

By Master K/益田 慶