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FXライフ29 中東・アラブ諸国の通貨 サウジアラビア

サウジアラビアは、経済面で中東・アラブ諸国のリーダー的存在であり、OPECの盟主である。国名が「サウード家によるアラビア王国」という意味をもつように、政治体制はアラブ人のサウード家を国王とする絶対君主制国家。国土面積は日本の約5.7倍。日本が最も多くの原油(輸入原油の約31%)を輸入している世界最大の産油国だ。サウジアラビアからすれば日本は重要な「お得意さん」ということだ。国王が首相を兼任し、諮問評議会(サウジアラビアには内閣も国会もない)の重要ポストは王族が独占している。通貨はサウディ・リアル(SAR)。サウディ・アラビア・リアルとも呼ぶ。


サウジアラビアが裕福な国となるきっかけは、建国の年のことである。1932年にペルシャ湾上のバーレーンで石油が発見され、その対岸のサウジアラビアにも油田発見の可能性が広がったのだ。1933年に米石油メジャーのスタンダード・オイル・オブ・カリフォルニア(SOCAL、現シェブロン)が油田の開発権をアブドルアジース初代国王から取得。SOCALはテキサコと共同で、1938年にペルシャ湾岸から約10~15km内陸地に石油を発見。続いてブカイク油田、ガワール油田、サファニーヤやクウェートとの中立地帯、ペルシャ湾の海底などで油田の発見が続いた。第二次大戦後には、エクソンやモービルなど石油メジャーが加わってアラビアン・アメリカン・オイルカンパニー(ARAMCO)が設立される。


1957年には日本の「アラビア石油」が同国に進出している。しかし資源ナショナリズムの高まりを受け、サウジアラビア政府は1976年、国営石油会社「サウジ・アラムコ」を設立し、オイルメジャーはサウジアラビアから撤退した。2000年には日本のアラビア石油も石油採掘権を失っている。現在、このサウジ・アラムコが世界最大の石油会社である。


2006年度のGDPは12.4%、物価上昇率は1.8%、失業率は8%となっている。近年の原油高で外貨獲得額はさらに増えているようだ。しかし製造業は小規模で、観光業による外貨獲得は少ない。つまり、天然資源開発事業と投資以外にはあまり力が注がれていないということだ。


同国は石油が外貨収入の約90%を占め、オイルマネーを世界各国で投資、運用している国として特に名高い。「世界の億万長者番付」ベスト10前後に位置するアルワリード王子が、1991年に倒産寸前だったシティバンクに約708億円を投資して大株主となったことは投資家なら誰もが知っているだろう。


アルワリード王子はファハド前国王の甥にあたり、投資会社のキングダム・ホールディングス(本社リヤド)を経営する実業家だ。2002年に米ヒューレット・パッカードと米コンパック・コンピュータの大型合併を支援したのも、2006年に中国銀行に20億ドル出資すると発表して話題を集めたのもこの王子である。王子の活動を見ていると、サウジアラビアの主な事業はオイルマネーを海外の企業に投資することであるかのように思えてくる。


さて、サウジアラビアは中東では珍しい親米派であった。米国のオイルメジャーが容易に進出できたのは、王族がアメリカ資本を利用しようと考えたからだという説や、現ブッシュ大統領の父親である元大統領(ジョージ・H・ブッシュ)が石油会社を経営していたことからサウード家とブッシュ家につながりが生まれ、サウジアラビアにとってプラスとなるような中東外交を展開したという話も有名だ。


しかし、2001年に起こった9.11事件以降、サウジアラビアとアメリカの関係は微妙になった。9.11事件のハイジャック実行犯と名指しされる19人のうち15人がサウジアラビア人であったことが発端となり、アメリカの右派から「サウジアラビアがテロリストの温床となっている」と指摘されたからだ。


サウジアラビアは、米ドルペッグ制を維持すると表明しているが、2007年にクウェートとシリアが米ドルペッグ制を放棄し、通貨バスケット連動制に移行したことの影響がどのようにあらわれるか。景気後退に入ったとされる米国に対し「ドル離れ」が進むのか。サウジアラビアの動向が大きな鍵となることは間違いない。


By Master K/益田 慶