世界資源戦争 12 新興産油国・石油企業の躍進 セブンシスターズとOPECの衰退
1970年初めまでは、エクソン、モービル、シェブロン、テキサコ、ガルフ、BP、ロイヤル・ダッチ・シェルといった「セブンシスターズ」と呼ばれた国際石油会社7社(オイルメジャー)が非公然の国際カルテルを形成し、石油市場を半世紀近く支配していた。エクソン、モービル、シェブロンの3社は、20世紀初頭の米国石油市場を事実上独占していたロックフェラー財閥の「スタンダード・トラスト」がルーツである。
国際カルテルの絶頂期であった1960年代にはセブンシスターズが世界の原油生産シェアの7割近くを占めていたが、70年代に産油国における資源ナショナリズムの高揚を受けて中東地域の油田資産のほとんどが国有化されてしまい、以降の原油生産シェアは全社合計しても1割台に過ぎない。
象徴的な出来事は1976年、世界最大の石油輸出国サウジアラビアの原油生産を一手に行っていた石油会社アラムコが国有化され、アラムコの大株主であるエクソン、モービル、テキサコ、シェブロンの4社とサウジアラビア政府との間で合意が成立したことだ。世界の石油市場を支配してきたオイルメジャーの最大の権益が失われたのである。それは文字通り「ドル箱」だった。その前後、世界最大の産油地帯である中東地域からメジャーは次々と追放された。
中東地域の権益を失ったセブンシスターズは大きく変貌した。1984年にガルフオイルと合併して誕生したシェブロンは2001年にはテキサコを吸収合併し、エクソンとモービルは1999年に合併し「エクソンモービル」となった。「セブンシスターズ」は遂に4姉妹になったのである。
1980年代の中頃までは、オイルメジャーに対抗して誕生したOPECの価格カルテルが原油価格を取り仕切っていた。しかし80年代以降、OPECの国際石油市場における生産シェアは40%弱で推移している。日本では中東湾岸の産油国が世界の大半の石油を生産しているように錯覚しがちだが、中東地域全体の原油産油量は世界の3割に過ぎない。さらに中東産油国の度重なる紛争を経てOPECの影響力は弱まっていった。
OPECは表面的には価格カルテルを形成しているかのように見えていたが、適正価格の維持を求める穏健派(サウジアラビア、クウェートなど)と、限られた原油をできるだけ高値で売りたい強硬派(ベネズエラ、ナイジェリアなど)の足並みが揃わず、生産調整を効果的に行える強力なカルテルを形成できなかったのだ。
一方、70年代以降に開発が進んだ北海などの地域では、それまで中東地域におけるセブンシスターズの国際カルテルに締め出されていた米国の地場産業的な石油会社やフランスのELF、イタリアのAGIP、ノルウェーのSTATOIL(スタットオイル)など欧州系国営企業がセブンシスターズと同じ土俵で事業展開できるようになった。
その結果、それら新興石油会社が90年代初めにはテキサコ、シェブロンといったオイルメジャーの下位企業と肩を並べるまでに至った。またメジャーの権利を国有化した産油国の国営企業(サウジアラビアのアラムコなど)の原油生産シェアも拡大し、原油生産量や保有埋蔵量ではオイルメジャーをはるかに凌ぐようになっていった。
さらに90年代後半、欧米石油技術サービス会社との合弁事業を通じて、西シベリア地域の既存油田地帯を復活させたロシアの躍進が始まった。ロシアは原油の埋蔵量もイラクを抜いてサウジアラビアに次ぐ第2位に躍り出たのだ。1993年設立のロシア国営企業「ロスチネフ」と「ガスプロム」の躍進は、そのままロシアが「エネルギー大国」として復活する原動力となった。
セブンシスターズとOPECの衰退は、セブンシスターズ以外の石油企業の躍進とOPEC以外の国の開発が進んだことを物語っている。それでは、現在どのような石油会社が、そして産油国が健闘しているのだろうか。そしてこれまでふれてこなかったベネゼエラやブラジルなど南米や、マレーシアに代表されるアジアの産油国の興亡はどのようになっているのだろうか。「世界資源戦争」はこれから新たな章を迎える。
By Master K/益田 慶