ヨーロッパの財閥と企業グループ 43 欧州財閥の系譜 ロシア財閥5 鉄鋼業
新興財閥ノボリペツク製鉄所会長「鉄鋼王」ウラジーミル・リシンのほかにもう一人、ロシアには「鉄鋼王」が存在します。ロシア最大の鉄鋼メーカー「セベルスタリ」筆頭株主のアレクセイ・モルダショフです。この人物、経営に関して相当したたかな手腕を発揮しています。モルダショフは、セベルスタリ社が2002年まで所有していた自動車産業(現セベルスタ・アフト)への投資を通じて、セベルスタリの株式89%を保有するに至りました。
ちなみに独立した持ち株会社として独立したセベルスタ・アフト社はその後、フィアットと共同で2007年後半からバン「デュカト」をロシアで生産すると発表したほか、日本のいすずと提携して小型トラックの生産・販売に踏み切ると発表しています。
そのセベルスタリ社は2006年3月、鉄鋼世界2位のアルセロール社(ルクセンブルク)と経営統合すると発表しました。アルセロールに対しては、世界最大の鉄鋼会社ミッタル・スチール(オランダ)が株式公開買い付け(TOB)を実施していたので、この経営統合はアルセロールがミッタルによるTOBの阻止を狙ったものと見られていました。つまり、セベルスタリはアルセロールの「ホワイトナイト」になる筋書きだったのです。しかし2006年6月、アルセロール社はセベルスタリ社との統合計画を白紙に戻し、一転してミッタルとの合併に合意しました。
セベルスタリは1955年に創業され、ソ連崩壊後に民営化された鉄鋼メーカーです。粗鋼生産量は年間1516万トン(2005年実績)で世界12位。アルセロール社とは自動車向け鋼板の合弁会社を立ち上げるなど親密な関係にあり、アルセロール経営陣は当初、合併は妥当と判断していました。セベルスタリ社とアルセロール社の合併計画では、セベルスタリの筆頭株主のモルダショフが発行済み株式の32.2%を持つことになっていました。この計画にアルセロール筆頭株主のルクセンブルク政府などが反対の意向を示し、事態は急転したのです。
モルダショフはプーチン大統領と緊密な関係にあるとされている人物で、ゆえにセベルスタリはプーチン政権に近く、ロシアが進める資源外交戦略に巻き込まれるのをアルセロール社の株主が嫌ったとの見方もあります。エネルギー産業だけでなく、鉄鋼業も世界の中心に躍り出ようとしているロシアに対する欧州の小国ルクセンブルクによる牽制ともいえるでしょう。
ロシア政府はアルセロールによるセベルスタリの買収を容認していましたが、一方、ミッタルもあきらめず、揺さぶりをかけ続けました。米ゴールドマン・サックスはこの合併に反対するよう、アルセロールの株主に働きかけ、同計画の承認に関して臨時株主総会を開催する書簡に署名するよう求めたとされています。
経営統合が破綻したセルベスタリ社は、アルセロール社から合併契約の違約金1億4,000万ユーロを受け取ることになり、一件落着。勃興するロシア企業を交えて展開された、欧州を震源地にした世界最大級の鉄鋼会社再編劇は、日本企業にも大きな衝撃を与えました。日本に飛び火する可能性が否定できず、新日鉄などのメーカーは連携して買収防衛策に乗り出すなど右往左往しました。ちょうど一年前の出来事です。
そしてモルダショフは2006年11月、ロンドン株式市場でセルベスタリ社の新規株式公開に踏み切りました。新規株式公開(IPO)の共同主幹事として、当初シティグループ、ドイツ銀行、USBを指名しましたが、最終的には株式とグローバル預託証券(GDR)で実施。モルダショフは、最大17億ドルを調達し、自身の出資比率を75%程度にまで引き下げることを望んでいたようですが、調達額は事前の予想を下回る結果に終わったとのことです。とはいうものの、プーチン大統領と親しいモルダショフは、今後も要注目の人物であることは変わりないでしょう。
By Master K/益田 慶