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5 江戸幕府の支配統制 江戸幕府の職制の特徴

江戸幕府は外交権、行政権、徴税権を握ったばかりでなく、司法・立法権も掌握した。天下統一を果たした徳川氏にはもはや合戦の必要はなくなり、次に目指すのは安定した政治である。それを実施するには組織がいる。徳川幕府は、家康から家光に至る三代の間にコンパクトで合理的な組織をつくりあげていった。以下に紹介する職務の要職には主に譜代・旗本がついた。多くが複数月番制・合議制であった。


最高司令官の「将軍」は、もちろん徳川家の男子が就任。会社でいえば「社長」だが、大御所となった家康などはさしずめ取締役会長か。非常時に置かれた最高職である「大老」は、堀田、酒井、土井、井伊各家から選ばれた。彼らはすべて10万石以上の譜代大名である。こちらは代表権を持つ副社長に該当するだろう。一般政務を統括する「老中」には譜代大名4~6名がつき、当初は年寄と呼ばれた。常置される最高職で、大番頭・大目付・町奉行・勘定奉行・遠国奉行などを支配した。


幕府の官僚機構を見ると、大名を監察するのが「老中」、それ以下の旗本・御家人を監察するのが「若年寄」、大名を監察する「大目付」、旗本・御家人を監察する「目付」、朝廷・西国を監察するために「京都所司代」という役職があてがわれていることから監察機構がしっかりしていることがわかる。


老中が支配した職務のうち「大番頭」は江戸城警備隊長。旗本から任命される軍事部門のトップで、江戸城と江戸市中の警備を担った。「大目付」は大名を監察する役目。さらに老中の下には行政・司法の担当者が並ぶ。「勘定奉行」は天領の財政・行政、関八州の公私領・関八州以外の幕領の司法を担当。天領の経理・財務担当者であり、徴税と司法を担当する「郡代」と「代官」を管理した。
「江戸町奉行」(町奉行)は、江戸の行政・司法・警察を担当。南町奉行と北町奉行が1ヶ月交替の月番制で、旗本より任命された。


地方にある幕府の直轄都市(京都、大坂、駿府、長崎など8つ)には京都町奉行、長崎奉行などの「遠国奉行」が置かれ、それ以外の幕府の領地には勘定奉行配下の郡代や代官が派遣された。ちなみに奉行の出世コースを時代劇「大岡越前」で有名な大岡忠相を例に挙げてみよう。


注目したいのは、ひとつの役職が多くの職務を兼ねていたことだ。江戸町奉行は三千石が支給されるほどの高級官僚で、幕府官僚機構でも上位の役人である。彼らが管理した北町・南町奉行所は、現在の東京都庁と警視庁と裁判所の役目も持っていたと予想される。百万都市・江戸の治安を守っていたのは、現代の警察業務に当たる町奉行所の同心だが、それほど大きくない組織が警察権と裁判権と行政権のほかに消防や防疫など立法権まで兼ね備えていたことは、このコラムのテーマである「小さな政府」ぶりを物語っている。


老中を補佐した「若年寄」も譜代大名から任命され、旗本や御家人を監察した。若年寄の下に置かれた「小姓組番頭」は将軍の雑用係、「書院番頭」は将軍護衛隊の隊長である。


老中や若年寄が管理した多くの職務のほかに、将軍直属の職務もある。寺社・寺社領の監察を務めた寺社奉行は、宗教行政機関である。一万石以上の大名が就任したことから、三奉行の中では旗本から任命される町奉行・勘定奉行より格式は上である。京都所司代・大坂城代も将軍直属で、前者は二条城にあって老中に次ぐ要職。「将軍の代理」というニュアンスであろう。朝廷や西国大名の監視を務めた。後者は大坂城にあって大坂在勤幕府諸役人を統制し、緊急時には将軍に代わって軍事決定権を発揮できた。出世コースとして、大坂城代から京都所司代を経て老中に昇進するのが通例である。


ちなみに奉行の出世コースを時代劇「大岡越前」で有名な大岡忠相を例に挙げてみよう。書院番→仮奉行→遠国奉行(伊勢奉行)→江戸町奉行→普請奉行→寺社奉行→大名。ただし町奉行から大名になったのは、江戸時代を通じて大岡忠相のみである。


By Master K/益田 慶