ヨーロッパの財閥と企業グループ 31 欧州財閥の系譜 スイス財閥
今回はスイスのファミリー系財閥を紹介します。人口わずか745万人の国ですが、欧州では英・独・仏に続いて第4番目の数の企業が集積しています。近年の特徴のひとつに産業界の再編成が挙げられます。その顕著な例が大手薬品・製薬企業の合併です。
「セロノ」はバイオテクノロジー分野で世界第3位、ヨーロッパ第1位の製薬大手企業。不妊症、神経系疾患、代謝・成長不振分野などが専門です。同社CEOを務める、スイス屈指の大富豪エルネスト・ベルタレリは2006年9月、彼が所有するセロノ株をドイツの大手薬品会社メルクに売却すると発表。新会社メルク-セロノバイオ製薬の売上げは約1兆1436億円になる見込みです。ちなみにドイツの大富豪メルク一族は1487億円を出資するとのことです。
スイス・バーゼル市に本拠を置く薬品会社の「ノバルティス」は、世界140カ国で事業を展開するグローバル企業。バーゼル御三家と呼ばれたうちの2社が合併して生まれた同社の総資産は1,740億スイスフラン(約16兆7800億円)といわれています。このグローバル企業を支配しているのがピエール・ランドルフ一族です。
世界トップクラスの研究開発型ヘルスケア企業グループ「ロシュ」は、スイスのバーゼルに本社を置き、医薬品と診断の領域で活躍しています。同社の日本支社が2002年に中外製薬と合併し、ロシュ・ファームホールディング・ビー・ヴィが中外製薬の親会社になりました。ロシュ社はホフマン家とロシュ家という二つの大富豪によって支配されています。つまり、中外製薬はすでにスイスの企業で、実質的なオーナーはスイスの財閥という構造なのです。
スイスの大富豪といえば、シュミットハイニ財団の創始者シュミットハイニ兄弟が有名です。兄のトーマスはセメント生産世界第2位のセメント・建設会社ホルシムの経営で成功し、一躍スイス屈指の大富豪になりました。「ステファンとトーマスの兄弟は、スイス経済の相当部分を手中に収めている」と呼ばれるほどです。弟のステファンはスイス航空やネスレ、UBS(スイス・ユナイテッド)銀行グループ、多国籍企業アセア・ブラウン・ボヴェリ、スウォッチの取締役として大量の株式を保有し、不動産、建設、エンジニアリング、食品、エレクトロニクスなどの有力会社に投資を行ってきました。
最後に2004年5月に調印された「預金利子課税条約」について説明しておきます。これはスイスの銀行に預金するEU居住者の預金に対し、スイスのプライベート銀行の秘密保持原則を維持しつつ、利子課税額(税率35%)をスイス政府経由で居住国に返金する協定です。
これまでスイスをはじめ、ベルギー、ルクセンブルク、オーストリアなどEU域内外の税率が低い国に脱税を目的とした資金が流れていました。EUは1989年以降、顧客情報守秘義務の名のもと不正預金者が保護されていることを問題視し、EU各国と協議を重ねてきました。「預金利子課税条約」で決定した内容は下記の3点です。
(1)EU域内居住者がスイスに預金しても利子は源泉課税され、うち75%はEUに支払われる。
(2)2011年には税率が35%となるように段階的に引き上げられる。
(3)プライバシー保護のため、預金者は「自己申告」か「源泉徴収」が選択可能。預金者情報については犯罪に関係する時のみ、EUとスイスの当局間で顧客情報の交換は行われる。
スイスの銀行に口座を設けているのはEUの富豪ばかりではありません。日本人の名前もときおり登場します。2003年12月、スイス・チューリッヒ州の金融当局がクレディ・スイス銀行の日本人口座を凍結したと発表しました。「日本初の本格的マネーロンダリング」として大々的に報じられた五菱会事件の発端でした。この事件では100億円もの犯罪収益が記録を残さずに海外に送金されていました。スイスは、このような事件の舞台になることが多いので、これからも目が離せない国といえるでしょう。
By Master K/益田 慶