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ヨーロッパの財閥と企業グループ 30 欧州財閥の系譜 イタリア財閥・フィアット

イタリアの財閥、企業グループを紹介する際に、イタリア最大の企業グループである名門フィアット・グループを忘れてはいけないでしょう。フィアット・グループ全体の売上高は「イタリアのGDPのほぼ5%を占める」と呼ばれています。しかし、2003年に創業者一族のジョバンニ・アニエリ2世名誉会長が死去し、2004年にはジョバンニ・アニエリ2世の実弟でフィアット社の会長に就任して間もないウンベルト・アニエリが他界し、一族は世代交代を余儀なくされました。


故アリエリ会長は、アニエリ財閥の創業者ジョバンニ氏の孫。1966年から1996年まで30年間にわたって会長を務め、同社を実質上支配し、1969年には高級車メーカーのランチア、1986年にはアルファ・ロメオ、1988年には高級スポーツカーメーカーのフェラーリ、1998年にはマセラティの買収などを指揮してきました。また、ロスチャイルド・グループが経営する「地中海クラブ」の重役をはじめ、新聞社やテレビ局、出版社などの経営者も務めました。


実はアニエリ財閥は単なる大富豪ではなく、フランス王室ブルボン・デル・モンテ家を通じてドイツ王室ランドグレーヴ家、イギリス王室ウィンザー家などヨーロッパ王室やロスチャイルド財閥とも親戚関係にある家系なのです。毛並みの良さはイタリア屈指といえるでしょう。


フィアット・グループは、1899年にジョバンニ・アニエリ1世がイタリアのトリノに設立。大衆向け自動車の製造で成功すると、第一次世界大戦時には機械、造船、航空機、兵器分野にも進出し、第二次世界大戦では兵器メーカーとして飛躍しました。イタリア最大の自動車メーカーに成長したのち、建築、農業へと多角化を進めました。アニエリ財閥は、セリエA「ユベントス」のオーナーとしても著名です。余談ですが、フィアット・グループから資金面の支援を受けているユベントスの選手は、フィアット社の車に乗っている(乗らざるを得ない)というのは紛れもない事実です。


フィアット・グループは、1990年代に入ると経営が急速に悪化し、工場閉鎖や人員削減を強行しました。多角化路線の失敗と、グループの基幹事業である自動車部門の不振が影響したのです。再建銀行団を中心に、不採算の自動車部門の売却が検討され、航空・鉄道部門を売却、さらにフィアットの株式の20%を米国ゼネラルモータース社に売却。本業の自動車部門も2000年からゼネラルモータース社と資本提携していましたが、2005年に提携を解消。傘下のフェラーリ社については、その株式の34%を投資銀行メディオバンカに売却しました。


長く続く苦境から脱するためにフィアット・グループは、エネルギー、出版、携帯電話、金融など非自動車部門の拡大を図り、2001年にはイタリア最大の民間電力会社モンテジソンを買収しました。
ジョバンニとウンベルト兄弟の死後、フィアット社副会長のポストには、死去したジョバンニ・アニエリ名誉会長の孫にあたるジョン・エルカーンが当時28歳という若さで就任。その弟のラボ・エルカーンがブランド・マーケティング担当部長に就任。また、ウンベルトの息子アンドレアも同じく28歳で取締役に加わりました。「フィアット帝国」は、やはりジョバンニ一族が支配し続けるという図式なのかもしれません。


さて、メイン事業のフィアットオートですが、2005年には単月黒字計上に転換し、2006年上期の販売台数は2001年以来5年ぶりに100万台を超え、フィアット・グループの総売り上げは前年同期比14.7%増となりました。積極的な新車攻勢とブランドイメージの復活、中国、ロシア、インドなどの新興市場国を中心に提携を強化したことが功を奏したようです。


By Master K/益田 慶