世界資源戦争 2 石油開発の歴史 石油ビジネスのはじまり
石油の利用自体は古い。紀元前4000年のメソポタミアで彫刻の素材として、また紀元前2500年のエジプトではミイラの防腐剤として天然アスファルトが利用されていたという記録がある。地下から湧く「燃える水」の存在は、古代から各地で知られていた。「日本書紀」には天智7年(668年)越の国(現在の新潟県)から「燃える水・燃える土が近江大津宮に献土された」とあり、おそらく石油のことであろうと推測される。17世紀からルーマニア産の石油が灯油用に用いられたとされている。しかし、大量生産はずっと後のことであった。
石油は19世紀半ば頃から「何か汚いけどよく燃える液体がある」という理由から明かりを取るための燃料として使われていた。それが本格的に商業ベースで生産され始めたのは19世紀の初頭のアメリカにおいてだ。つまり、石油開発の歴史はまだ200年しか経っていないのである。
産業革命までさかのぼれば、当時の最大の動力は石炭を燃料とする蒸気機関である。石炭で動く蒸気機関車がその最たる例だが、石油が発見され、利用されるようになると産業構造も一気に変化した。
石油を最初に巨大ビジネスに展開したのはかのロックフェラーである。機械掘りの油井の出現が、石油生産に革命をもたらしたのだ。エドウィン・ドレークが1859年8月にペンシルベニア州タイタスビルの近くのオイル・クリークで採掘を始めたのが世界最初とされているが、定かではない。歴史に残っているのは1863年、ジョン・D・ロックフェラーが二人の弟ともにオハイオ州クリーブランドで石油精製業に乗り出し、1870年にスタンダード石油を設立したことだ。
ロックフェラー兄弟は、次々と精油業者を口説いて談合シンジケートを設立。9年後には全米の石油の95%をスタンダード石油が握り、またたく間に財閥にのぼりつめる。独占企業のスタンダード石油に対し、世論の反発が起き、1890年に成立したシャーマン反トラスト法により、同社は解体するが、その頃のロックフェラー財閥の手練手管は、いずれこの連載で紹介していく。
ヨーロッパでいち早く石油の将来性に目をつけたのはパリのロスチャイルド家だった。すでに1860年代末より、アメリカ産の石油をフランスに輸入していた。まだ市場が小さく、競合が少ない状況にあって石油に着目したのは、ロスチャイルドの先見性だろう。ロスチャイルドは、アドリア海の港町フィウメ(現クロアチア)に石油精錬工場を建設。その後、次第に石油の需要が高まっていく。その背景には、石油を利用する内燃機の利用が盛んになっていったことがある。1876年にドイツのニコラウス・オットーがガソリンで動作する内燃機関(ガソリンエンジン)を発明。ダイムラーがそれを改良し、1885年にダイムラーによって特許が出される。同年、ドイツのカール・ベンツは、ダイムラーとは別にエンジンを改良。こうして自動車の本格利用が始まり、一方ではアメリカ軍・イギリス軍が第一次世界大戦において石油を燃料とした艦船を導入し、ドイツ海軍に大勝した。需要が伸びれば供給も求められる。石油ビジネスは一部の企業に莫大な利益をもたらしていく。
ヨーロッパでは1873年、スウェーデン発明家ノーベルの兄弟がカスピ海沿岸のバクー油田を開発し、大規模な製油所へ発展させた。1876年には世界初の石油パイプラインを完成し、1877年には世界初の石油タンカー「ゾロアスタ号」を完成。1878年、ノーベルも兄たちの事業に参加し、「ノーベル兄弟石油会社」が発足した。ノーベル兄弟は、ロシアの石油産業の生みの親になる。
同じ頃、パリ・ロスチャイルド家もロシアに目を転じていた。カスピ海西岸が油田地帯として知られていたが、バクーからの石油は「ノーベル兄弟石油会社」 がロシア市場へ運んでいた。
1880年代初頭、バクーと黒海とを結ぶ鉄道工事が始まった。事業主が資金不足に陥った時に資金提供を申し出たのがパリ・ロスチャイルド家である。そして石油採掘権を確保し、石油生産・販売会社を起業。こうしてロシアの石油開発も活性化した。
By Master K/益田 慶