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FXライフ21 ロシアと周辺諸国 ルーブルの歴史とベラルーシ

1998年、ロシアは1997年のアジア通貨危機の影響と原油価格下落による国際収支の悪化が原因で、通貨ルーブルの下落と資金流出が発生し、金融混乱に陥った。当時のロシアは輸出の80%が石油や天然ガスなどの天然資源だったので、世界経済の動向に大きな影響を受けていた。さらに世界的デフレによる物価の下落に伴い、原油価格も下落したことで、輸出原油からもたらされる税収が減少。ロシア政府の財政は極度に悪化した。


のちに「ロシア金融危機」「ロシア財政危機」と呼ばれるこの事件は、当時のキリエンコ首相がルーブルの目標相場圏を拡大し、最大で32.9%の下落を容認したのに加え、ロシア中央銀行が民間の対外債務支払を90日間凍結する声明を発表。キリエンコは資本の流出を止めるために150%の超金利政策を打ち出した。しかし、こうした措置が国民の不安心理を煽る結果になり、ロシア国民がルーブルをドルに代えようとして、ルーブルはさらに下落したのである。資本主義経済体制に移行して間もないロシアの銀行は海外から米ドル建てて資金を調達していたので、ルーブルの暴落とともにロシア国内のいくつかの銀行が破綻した。


この背景には前年にアジア通貨危機を経験した世界の投資家が、高金利とはいえリスクの高いロシア関連株よりも安全なアメリカ国債などへ投資資金を移したことがある。ネズミが沈む船からまっ先に逃げ出すように、この時期に巨額な資本がロシアから流出したのだ。「ロシア関連の株は下落してもいずれ元に戻る」と見込んでいた米国のヘッジファンドLTCM(ロング・ターム・キャピタル・マネジメン)の予想は裏切られ、LTCMは破綻の危機に瀕した。


「広がった格差は必ず元に戻る」というLTCMの理論を構築したのは、二人のノーベル賞受賞者、スタンフォード大学教授だったマイロン・ショールズと、ハーバード大学教授だったロバート・マートンである。二人は金融デリバティブの理論を解明し、デリバティブの評価基準や新商品を作りやすくしたことを評価され、1997年にノーベル経済学賞を受賞している。「デリバティブの生みの親」ともいえる経済学者がつくったプログラムは当初成功を収めた。


世界に約3000社あるとされているヘッジファンドの中でLTCMは、ずば抜けて運用成績が良かった。1995年には43%、96年には41%という、高率の運用配当をあげることに成功し、「運用の神様」と謳われた。そのヘッジファンドが「ロシア通貨危機」によって13兆円という負債を抱えたのである。「運用の神様」が破綻すれば、多くの銀行が連鎖破綻する。「ロシア通貨危機」は、アメリカの金融システムさえも揺るがした。当時の連邦準備制度理事会のグリーンスパン議長はニューヨーク連銀に15社銀行の代表を集め、35億ドルの救済計画を組み上げ、支援に乗り出した。その後のルーブルの変動は次週お送りしよう。


かつて「白ロシア」と呼ばれ、ソ連邦に加盟していたのがベラルーシだ。通貨単位はベラルーシ・ルーブル(BYR)。1991年に独立を承認されるまでは、旧ソ連の計画経済体制下で、他のソ連の共和国に比べ比較的良好な経済を有していたが、独立後は市場経済化の立ち遅れなどから経済は悪化を続けていた。1998年には「ロシア金融危機」に伴い、激しいインフレに見舞われた。1999年12月にはロシアとの統合政策の推進が両国首脳間で署名されたが、ベラルーシに大幅な貿易赤字をもたらす可能性と、ロシア国内で自国の産業が脅かされるとの警戒感があり、その後大きな具体的進展は見られない。2000年には1000分の1のデノミが行われた。


その後、ベラルーシの経済は回復の兆しを見せ、2006年GDPは9.9%、失業率1.2%を記録。同国はソ連時代から機械工業、電子産業、繊維業、化学工業、機械製造が盛んで、主にロシアへ機械、設備装置、輸送機械、肥料を輸出している。課題はロシア型経済計画から脱していないことにある。蛇足だが、ベラルーシは有力な独自軍を保有(地上軍5万人、空軍350機等)し、ロシアとの軍事協力を進めているが、ロシア軍の駐留はない。


By Master K/益田 慶