ヨーロッパの財閥と企業グループ 25 欧州財閥の系譜 ベアリング家
今週から日本人になじみの薄い「ヨーロッパ財閥」を紹介していきます。最初はベアリング家です。ロスチャイルド家のライバルと目されていたイギリスのベアリング家を無視して欧州財閥の歴史は語れません。
ベアリング家は1717年、ドイツのブレーメンから英国に渡り、現在でいうところの「マーチャント・バンク」を開設します。長期の信用供与(融資)と商業支援のための融資などを行う金融業者です。1763年に「ベアリング商会」を創業し、ロスチャイルド家が台頭するまでロンドンの金融界を支配してきました。その子孫の数で言えば、ロスチャイルド家を凌駕するほど膨大で、イギリス貴族のタイトルを6つも保有する大家族です。
家族経営としてスタートし、世襲制を敷いているところはロスチャイルド財閥と同じです。ほかにウォーバーグ家やブラウン家なども、他国からイギリスへ渡って成功したマーチャント・バンクです。
欧州支配を夢見たフランスのナポレオンがイギリス・オランダ連合国に敗れ、フランスが戦後の荒廃から復興するための資金を調達したのが、ロスチャイルド家とベアリング商会でした。また、1839年にイングランド銀行を恐慌による危機を救ったのもベアリング商会でした。
ベアリング財閥の子孫たちは、華々しい経歴の持ち主ばかりです。ベアリング証券(ベアリングズ)は1995年2月、シンガポール現地法人のデリバティブ取引失敗のために倒産しましたが、ファミリーは金融・産業界で活躍しています。
1991年に他界したジョージ・ベアリングは43歳で史上最年少のイングランド銀行総裁となり、国際決済銀行(BIS)理事として全世界の金融機関を動かし、ロスチャイルドグループ傘下の石油会社ロイヤル・ダッチ・シェルで重役を務めた人物でした。ジョージの父ローランド・ベアリングは、ロスチャイルド家の資金でイギリスが買い取ったスエズ運河会社の総裁を務めた人物でした。
ベアリング財閥の御曹司たちの肩書きは、英国の石油メジャーBP社会長、アングロ・アメリカン重役、航空リース会社GPAグループ会長など枚挙にいとまがありません。ちなみに前国連事務総長のブトロス・ブトロス=ガリは、祖父の代からベアリング家に育てられてきた家系です。BP会長ジョン・F・ベアリングがガリを国連総長に推したというのは有名なエピソードです。
ベアリング財閥はロスチャイルド財閥同様、イギリス貴族やアメリカの財閥との婚姻関係を経てファミリーを拡大してきました。アメリカのハリマン社を創業したブラウン家は現在もイギリス貴族の称号を得ていますが、ベアリング財閥とは親戚関係にあります。
欧州の歴史のある財閥といえば、忘れてはいけないのが「ギネス財閥」です。アーサー・ギネスがギネスビールの大量生産に乗り出したのは1759年のことでした。「ギネスブック」や「ギネスビール」で名高いギネス家は、アイルランド生まれ。ギネス家も男爵の称号を持つ貴族で、この一家からイギリスの政治家が数名生まれています。
ギネス財閥の企業といえば、ギネスグループと米国のグランメトロポリタンの合弁会社として誕生した、英国に本社を構える総合食品会社「ディアジオ」が名高いですが、ギネス家は酒造業者の横顔を持つ総合貿易商社、不動産開発会社と位置づけたほうがよいでしょう。ギネス家はロスチャイルド財閥、ベアリング財閥と組んで、中国の貿易商社ジャーディン・マセソン(後にアジアの拠点を香港、シンガポールに移行)を後押しし、中国経済に深く食い込んでいます。ジャーディン・マセソンはアジアを基盤に活躍する世界有数の貿易商社で、「マンダリン・オリエンタルホテルグループ」の経営で知られています。
蛇足ですが、ロスチャイルド家にギネス一族の女性が嫁いだことで、両家は親戚関係になっています。自分たちの資産と名声を保っていくには、家族・親族で団結するのが古今東西の財閥の生き方なのかもしれません。
By Master K/益田 慶