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ヨーロッパの財閥と企業グループ 19 ロスチャイルド家の興亡 フランクフルト・ロスチャイルド銀行

1989年、ほぼ90年ぶりにフランクフルト・ロスチャイルド銀行が開業します。そしてかつてのフランクフルトのロスチャイルド邸の敷地に隣接して、ユーロ圏の通貨・金融政策を担う中央銀行である欧州中央銀行(ECB)が建ったことは、あまり知られていませんが、特別なつながりがあるように感じるのは私だけでしょうか。

「国際金融資本の黒幕」とも呼ばれる一群のひとつに挙げられるロスチャイルド財閥は、1998年におけるヨーロッパ企業のM&Aの仲介実績で世界第5位にランクされ、その金額は677億ドルに達しました。しかし、この数字は投資銀行を社名で細分化して、直接ロスチャイルドの名で動かされた部分だけを示しているので、ロスチャイルド財閥の資本や一族とかかわるプレイヤーが動かしたM&Aの仲介事業を総合すると、群を抜いて世界一位でしょう。


たとえばユダヤ系投資銀行であるゴールドマン・サックス、ソロモン、ウォーバーグ・ディロン・リードなど、創業時期からロスチャイルド家の資金で事業を展開し、縁戚関係を持っている企業のトップ・プレイヤーの大部分がスチャイルド財閥の息のかかった人間だと考えると、ロスチャイルド財閥グループのM&Aの仲介実績は世界第一でしょう。


日本国内に目を向けて見れば、ロスチャイルド財閥は、1999年に三井物産と共同で、リストラクチャリングを必要とする企業を対象とした買収ファンド(100億円規模)を設定し、出資・買収を模索しはじめます。2001年には英ロスチャイルドグループの企業買収ファンドが、大阪証券取引所二部上場の通信販売大手ニッセンに出資し、筆頭株主になりました。当時の新聞には「月内(4月)にも買収ファンドがニッセンの第三者割当増資を受けて発行済み株式数の10%前後を取得し、ニッセンの経営テコ入れに乗り出す」と記されています。


2002年には、三井物産が繊維部門に投資専門の部署として投資事業室を新設し、アパレルへの投資体制を整え、「ハナエモリ」ブランドの再建に乗り出しましたが、これは英ロスチャイルドグループなどが出資したファンドと三井物が新会社を設立し、高級既製服(プレタ)事業と商標権を買収したことで実現したものでした。森英恵が率いる「ハナエモリ」はブランドに傷がつくの避けるため、清算ではなく民事再生法の適用を申請し、プレタポルテ部門を三井物産とロスチャイルドグループへ売却することを選んだのでしょう。


三井物産、住友商事、三井住友銀行が世界的な視野で見れば「ロスチャイルド系」と呼ばれていることを知らないのは、日本人ビジネスマンだけだと揶揄されているようですが、そうするとロスチャイルド財閥の最大のライバルであるロックフェラー財団グループが日本にどのような系列会社を有しているのか気になるところです。


現在、連載中の「小栗上野介が駆け抜けた時代」(毎週木曜配信)でもふれますが、ロックフェラー家は「西南の役」(明治10年)をきっかけに三菱グループの創始者、岩崎弥太郎と手を組みます。岩崎はその前に、ロスチャイルド系の長崎グラバー商会の資産と事業を引き継いでいますが、ロスチャイルド財閥と深くかかわることはなく、ロックフェラー財閥との蜜月を続けていきます。


同じ頃、三井グループの大番頭となった渋沢栄一はロスチャイルド財閥と懇意になります。渋沢は幕末に幕府使節団に加わって御用商人としてフランスに渡りました。この時に近代の銀行業、金融業を学んだのがロスチャイルド財閥グループだったので、渋沢は個人のネットワークをビジネスに活かしたということがいえるでしょう。


その後、渋沢は明治政府に迎えられ、大蔵官僚となり、やがて第一国立銀行を設立します。この第一国立銀行と三井銀行が合体して、やがて日銀が誕生するわけです。現在でも「日銀にはロスチャイルド財閥の資本が入っている」とまことしやかに言われるのは、「渋沢-三井-ロスチャイルド財閥」という関係が明確だからです。


By Master K/益田 慶