ヨーロッパの財閥と企業グループ 18 ロスチャイルド家の興亡 パリ・ロスチャイルド家
ロスチャイルド財閥の歴史は、やっと現代に入ります。国有化によって不採算部門を整理したパリ・ロスチャイルド家は1984年、銀行業を再開します。まず、一族の持ち株会社パリ・オルレアンを基盤にPO銀行を設立します。パリ・オルレアンはパリ・ロスチャイルド家が「鉄道王」と呼ばれた時代の遺産です。1857年、フランス政府は6大私鉄による一地域一会社の経営体制を確立しました。6大私鉄とは、パリを中心に放射線状に六つの方向に路線を伸ばす鉄道会社のことです。
(1) 西部西鉄道(パリ-シェルブール・ナントおよび大西洋諸港)
(2) パリ・オルレアン鉄道(パリ-オルレアン)
(3) 北部鉄道(パリ-リールおよび英仏海峡諸港とベルギー国境)
(4) 東部鉄道(パリ-アルザス・ロレーヌおよびドイツ国境)
(5) パリ・リヨン・地中海(PLM)鉄道(パリ-リヨン-地中海およびスイス・イタリア国境)
(6)南部鉄道(パリ-ボルドー・ツールーズおよびスペイン国境)
以上の6社でした。やがて国有化される私鉄のうち、(2)と(3)をロスチャイルド家が経営していたのです。
1986年の総選挙で保守連合が社会党を破ってシラク保守内閣が誕生した際に、伝統あるロスチャイルドの名前が復活し、PO銀行はロスチャイルド会社銀行となります。頭取は第二次世界大戦を生き抜いたパリ家の当主ギーの息子ダヴィッドです。彼は現在、ロスチャイルド財閥の長として君臨しています。
パリ・ロスチャイルド家はアメリカに本格的に進出していきます。ロンドン・ロスチャイルド父子銀行の出先会社として経営していたニューコート証券に代えて、ロンドン、パリ両家の出資によってロスチャイルド北米会社を設立します。
長い歴史を築いてきたロスチャイルド家には、この時代に変わり者も登場します。かつてロスチャイルド兄弟銀行の共同経営者として参画していたパリ家のモーリスです。彼は独断でロスチャイルド家の名前を使って金を集め、不動産会社に投資したことが発覚し、従兄弟たちから非難され、共同経営から退きました。以降、スイスのジュネーブを拠点に数多くの事業に投資し成功。また跡継ぎのいない伯父や叔母からの莫大な遺産もあって財を築いていきます。
第二次世界大戦中はナチス・ドイツの手を逃れて海外へ避難。アメリカに亡命中、戦争に乗じて価格高騰が見込まれる金属や鉱山株に大胆な相場を張って莫大な資産を築いたといわれています。投資や相場に働く動物的な勘は、一族の血が成せる技でしょうか。モーリスの死後、スイスの不動産や南アフリカ、カナダの鉱山株などの遺産は一人息子のエドモン・ルドルフに贈られました。
このエドモンが成功させたのが、滞在型リゾート産業の「地中海クラブ」です。彼は誕生して間もない地中海クラブの株35%を購入。するとバカンスの長期化の時代が到来し、爆発的な人気を呼びました。
エドモンドはワイン産業にも参入します。そして1968年、スイスに銀行を設立したのを皮切りに金融業界にも参入します。1984年にはイギリス政府から営業許可を取得し、ロンドンに証券会社を設立、さらにイタリアのいくつかの銀行株を取得し、現在のロスチャイルド財閥の新たな金融ネットワークを形成していきます。
エドモンは1997年に他界し、その息子ベンジャマンはロスチャイルド家の数えきれぬ遺産を受け継ぎました。ナポレオン三世が愛人のために建てたパリのシャンゼリゼの大邸宅に住み、デビアス重役のほか、ロスチャイルド財閥の持ち株会社である北部会社、世界一の観光会社である地中海クラブ、イスラエル・ジェネラル銀行、フランスのスーパーなど数多くの大会社で重役を兼ね、フランスの長者番付の常連となります。ジュネーブのベンジャマン&エドモン・ロスチャイルド銀行会長のほか、チューリッヒのロスチャイルド銀行重役もつとめています。
By Master K/益田 慶