ヨーロッパの財閥と企業グループ 2 ロスチャイルド家の興亡 マイヤー・アムシェル

ロスチャイルド家の初代であるユダヤ人のマイヤー・アムシェル(1744~1812年)の躍進を語る前に、現在まで続くユダヤ人と金融業の深い結びつきを説明しておきましょう。


もともと中世ヨーロッパでは、多くのユダヤ人が高利貸しを生業としていました。これはヨーロッパ諸国の国教となったキリスト教が、他人から利子をとることを禁止していたため、ユダヤ人が金融業に進出したという見方ができます。キリスト教徒からすれば、金融業は「欲深い罪人の仕事」だったのです。


11世紀にキリスト教会が、ほとんどの職業からユダヤ人を追放した後、ユダヤ人にとって数少ない収入源となったのが、高利貸し、質屋、金塊の保管人、両替商など、利子を取り扱う金融業でした。
中世ヨーロッパの支配者が、ユダヤ人を特定の職業に追い込んだ理由は、「キリストを裏切ったユダヤ人(ユダ)」の子孫を社会共通の敵に設定することで、自らの権力を安定させるためだったと想像できます。

じつはユダヤ教も利子の徴収は禁じていたのですが、ユダヤ教は異教徒(外国人)からの利子の徴収は許されていました。こうしてユダヤ人は、金融業に進出し、ノウハウを築いていったのです。
やがて政教分離が進み、教会が経済活動に口出しできなくなり、利子をとることが罪悪ではなくなったとき、利子を受け渡しながら巨額の資金を集める近代経済の手法は各国に散らばったユダヤ人が得意とする手法になっていたのです。


では、本題に移りましょう。
ロスチャイルド家の初代マイヤーは、中部ドイツの町ハノーバーの銀行での奉公を終え、二十歳の頃、故郷のフランクフルトに戻りました。マイヤーの二人の兄弟は古物商を営んでいました。マイヤーは古物商でなく、古いお金を扱う古銭商を始めました。これがやがて欧州の政治や経済を動かす「ロスチャイルド金融王国」への第一歩になったのです。


領主が絶対王政の時代に、一般の人々にとって古銭商がどれほどの価値があったのかと想像すれば、おそらくまったく見向きもされなかったことでしょう。しかし、マイヤーの狙いは一般大衆ではありませんでした。彼は経済的に余裕のある貴族など支配者階級への接近を図ったのです。マイヤーは一般の人にはガラクタでしかない古銭を安く買い取り、手描きのパンフレットを作成し、顧客になりそうな貴族に届けたのです。古今のお金の由来を巧みに語り、古銭に付加価値をつけ、貴族の心をくすぐろうとしたのです。


近代経営学の基礎を築いたマイケル・ポーターは、名著『競争の戦略』の中で「近代経営の3つの基礎戦略」として、「コストのリーダーシップ」「差別化」「集中」を挙げています。基礎戦略のひとつである「集中」とは、特定の買い手グループや特定の地域市場へ企業の資源を集中する戦略のことです。
マイケル・ポーターの理論からすれば、マイヤーは経営者として「顧客を絞る戦略」をとったといえるでしょう。この戦略が功を奏したのです。


やがてマイヤーは支配者階級にアプローチしているうちに、フランクフルト地方の領主に古銭を売り込む機会を得たのです。領主はフリードリッヒ大王を父に持つドイツの名門貴族で、莫大な財産を築いていました。一説にはドイツのみならず、ヨーロッパ屈指の大金持ちであったようです。当時、下層階級とされていたユダヤ人が、領主から直々に注文を得たとは異例中の異例でしょう。どうやらマイヤーは人の心をつかむ術に長けていたようです。


領主との取引を開始したマイヤーは、すぐさま自宅の玄関先に「宮廷御用達商人 マイヤー・アムシェル ロスチャイルド商会」の看板を掲げたとされています。権威に弱い世間の風潮を熟知していたのでしょう。古銭商とともに、ささやかな両替商も兼ねていたマイヤーの破竹の躍進が、これから始まるのです。
やがてマイヤーは5人の息子を5つの都市に分家させます。これがゆくゆく「ファイブ・アローズ」(5本の矢)といわれる金融ネットワークを形成することになるとは、当時のヨーロッパの国王は予想もしなかったことでしょう。


By Master K/益田 慶