ヨーロッパの財閥と企業グループ 12 ロスチャイルド家の興亡 ロイヤル・ダッチ・シェル
「ロイヤル・ダッチ・シェル」の大株主となったロスチャイルド財閥。以後、ロスチャイルド一族は中東の石油を発掘し、ヨーロッパ最大、世界第2位の石油会社に成長させます。最大のライバルは「エクソン・モービル」です。
ロックフェラー財閥グループの「エクソン・モービル」(日本ではエッソやモービル、ゼネラルなどのブランドとしておなじみ)対ロスチャイルド財閥の「ロイヤル・ダッチ・シェル」(こちらは“貝のマーク”でおなじみのシェル)という図式です。ここに三井商事、三菱商事、伊藤忠商事などの大手商事会社が加わり、石油業界の系図が見えてきます。
いや、それだけではありません。ロックフェラー財閥グループとロスチャイルド財閥グループは、その後さまざまな分野で対立構造を示していきます。これが20世紀に企業グループとして明確になっていくのです。
ボーイング対ロッキード、メリル・リンチやモルガン・スタンレー対ゴールドマン・サックス、ゼネラル・モータース対フォード、GE(ゼネラル・エレクトリック)対デュポン、AP通信対ロイター通信、ペプシコーラ対コカ・コーラなど、例を挙げればキリがありません。見方を変えれば、米保守系本流対ユダヤ系資本の対立です。これらはロックフェラー財閥グループとロスチャイルド財閥グループの代理戦争のような様相を呈して今日に至ります。これらはいずれこの連載の中で説明していきます。
さて、ロスチャイルド家がバクーの油田を売却して、わずか3年後にロシア革命によって、ロシアのロマノフ王朝が倒れ、外国資産はすべて国有財産として没収されました。ロスチャイルド家は天才的な見事な売り逃げでした。当時「ロスチャイルド家はロシア革命が起こることをすでに知っていたのではないか」という憶測が流れましたが、世界に情報ネットワークを張りめぐらせたロスチャイルド財閥なら、不可能ではなかったでしょう。
一方、合併によって「ロイヤル・ダッチ・シェル」を誕生させたロバート・コーエンは、オランダの食品大手「マーガリン・ユニ」と、イギリスの食品大手の「リーヴァー・ブラザーズ」も合併させます。ここにもロスチャイルド財閥の資本が流れ、欧州の企業グループのひとつが誕生するわけです。また、ロバート・コーエンの息子のバーナード・コーエンは、ロスチャイルド資本で起業した、ダイヤモンド会社「デ・ビアス」と取引するイスラエルの「ユニオン銀行」副会長となり、のちにロンドン市長に就任しました。
時代はロスチャイルド家がバグーでバニト油田を手に入れた1883年に戻ります。バグー油田に、アルフレッド・ノーベルというスウェーデン人化学者が油田開発に進出していました。ダイナマイトを発明し、のちに「ノーベル賞」の名前になる人物です。彼は当時の採掘技術や輸送技術では、採算をあわせるのは困難だと悟り、ロスチャイルド家の融資を仰ぎ、「ロスチャイルド・ノーベル企業連合」が誕生します。
ロスチャイルド財閥は、ノーベルやキューリー夫人など多くの科学者のスポンサーになり、科学の発展に寄与しましたが、一方で戦争に欠かせない武器の製造にも加担していきます。火薬製造に関して「デュポン」と秘密協定を結び、火薬市場を独占していったのです。デュポンは現在世界最大の化学会社で、アメリカ有数の財閥のひとつですが、創業のルーツはフランスにあります。フランス人の創業者がフランス革命を避けて渡米し、火薬工場を設立します。20世紀に入ると、第一次世界大戦、第二次世界大戦時に各国に火薬や爆弾を供給し、化学兵器や核兵器開発に深く関与していきます。ロスチャイルド家の背後には、戦争をビジネスとして捉え、財を築いていく「死の商人」の影が見え隠れします。
実はロスチャイルド家と日本政府とのかかわりは歴史に刻まれているのです。
By Master K/益田 慶