アービトラージ発想法 Round 4 αを探せ
サルが折れた木の枝を振り上げ地面に振り下ろす。
スタンリー・キューブリック監督「2001年宇宙の旅」の冒頭シーンです。
人類が人類としての第一歩を踏み出した瞬間、その瞬間を人類が道具を発見した瞬間として象徴的に表したシーンです。
人類が道具を発見、発明した瞬間から生産性の格差が生まれました。持つ者と持たざる者の間に生産性の格差が生じ、持つ者は余剰物を持ち、持たざる者は常に不足し、現状を維持するのに精一杯でした。
時は数万年流れます。現在の道具とは一体なんでしょうか。人類は生存を目的とした生存欲求から更に欲求の度合いを深めています。交換価値を維持する貨幣は、人類にとって交換経済から脱却する万能の道具として発明されました。カネを持つことがあらゆる道具を持つことの象徴として、万能の道具としてカネの価値観を共有する時代が現代なのです。
マーケットは交換経済での主役である道具、食料の交換を万能の道具である貨幣を通じておこなう場です。万能の道具である貨幣が流通し交換される場が金融マーケットなのです。
いきなり経済人類学から話を始めてしまいましたが、道具とは生産性を高めるためにあるものです。マーケットで生産性を上げるというのはより多くを稼ぐことです。では、マーケットで使われる道具とは何でしょうか。
人類史上初めて作られた先物市場は大阪の堂島米会所であるといわれています。
米会所は日本各地から集められた米の販売を目的に作られましたが、同時に先物取引の場でもありました。米価の決定は天候、作柄によって大きく変わります。また、新田開発が進み米の生産が増大すると米価は下がります。田沼意次の時代から新田開発が進み、松平定信の寛政の改革時は米の豊作により米価が大暴落して多くの農民が苦しみました。各藩の財政も逼迫しました。重商主義から重農主義へと極端に政策を転換した付けでもあります。当時は、作柄については天領を始めとした幕府直轄地での検分から判断が可能になるかもしれませんが、この情報を知りうる人間は限られています。
この時代のマーケットにおける「道具」は、作柄情報、需給情報でしょう。また、米収量が確定するのは収穫が終わってから時間がかかります。年貢米の額が決まるのは収穫の秋以降ですから。しかし、先物価格は収穫前どころか場合によっては数年前から取引されます。現物価格と先物価格の乖離は甚だしいものがありますが、これを予測することは不可能でした。ところが米価の動きに法則性を見つけ出した人物がいます。この人物が「酒田罫線」で有名な本間宗久です。酒田罫線は人類がはじめて見つけたマーケット分析の道具です。
先人が知らないこのような「道具」のことをマーケットでは「αアルファ」とか「天使の黄金の羽根」と呼びます。知っている人は知らない人よりも儲けることができます。投資家、投機家はこのような「道具」をマスターすること、さらに新たな「道具」を見つけ出すことに努力を傾けてきたのです。
作柄であれ、需給の多寡であれ、マーケットによって価格情報が均一化されていない状況には価格のギャップが生じています。生産地と消費地、現在と未来の間には必ず価格ギャップが生じています。このギャップは如何にして正確に知ることができるか。この知る「道具」こそが、現代の「道具」です。アービトラージャーはこの道具を見つけ出し、実行する人です。
投資であれ、ビジネスであれ、マーケットの非均一性を見つけ出すことが重要です。そして安きを買い、高きを売る。水も利益も高いところから低いところへと流れます。この高低差はいずれ均一化されていきます。
投資で「寝ていて儲かる」方法はありません。寝る前に必ず努力が必要です。誰も気づかないうちに、気づいている人が少ないうちに努力して仕掛けておくのです。マーケットでは常に「α」を見つけ出そうと競争がおこなわれています。本当の投資家であれば、見つけた「α」を他人に教えることはありません。金鉱脈を見つけた人は、金がここにあると他人には決して教えないはずです。
往々にして見つけた金の金額よりも、地図や採掘道具、ジーンズなどを売ったほうが儲かるものです。金鉱を見つけた人は、すでに掘り尽くしてから他人に教えるのです。株式投資とは常にそういうものであるとわたしは認識しています。ありもしない金鉱脈の近くで道具や地図が売れれば、その山の採掘権は上昇します。材料もないのに提灯が付いただけで上昇する株は、誰かが先に買って仕込んでいた株です。上昇すると売られます。
アービトラージャーは自力で金鉱脈を見つける人です。本物の金鉱脈を見つけたら黙っていることです。どんなに小さな金鉱脈でも独り占めすれば大金です。このような金鉱脈はたくさん転がっています。テクニカル分析の基礎をひとつでもいいからきちんとマスターすること。こんなあたり前のことでも小さな金鉱は見つかります。努力せず、大きな金鉱の行列に並ぶことよりも大きな成果が得られるのは確かです。
アービトラージャーは常にギャップを探します。掘り尽くした金鉱脈のボタ山から金以外の貴金属を見つける人がいるかもしれません。
江戸時代、日本は世界有数の金、銀の産地でした。西日本で銀産出が多く、東日本では金の産出が多かったため、江戸時代の日本は金銀二重本位制の貨幣体制でした。ですから江戸と大阪では決済通貨が異なり、金と銀の交換のため両替商が大きな利益を手にしました。
国内なのに為替制度があったことになります。
ところが日本国内と海外とでは金銀の交換比率が異なりました。日本では銀の価値が金よりも銀のほうが、相対的に価値が高かったのです。そこで外国の貿易船は日本に金を持ち込んで銀に替え、金を中国に持ち込んで銀に替えていました。これだけで利益が出たのです。さらに外国は日本の精錬技術にも着目しました。
江戸時代前の日本では、貴金属の精錬技術が未熟でした。純銅の精錬ができなかったのです。日本製の銅には多くの金銀を含んでいました。このことに着目した南蛮人は、日本から安く粗銅を輸入し金銀を抽出して多くの利益を手にしました。日本では1591年に、住友財閥の創業者のひとり蘇我理右衛門が南蛮人から南蛮吹き(灰吹き法)という精錬技術を伝授されるまでは不可能なことでした。住友財閥の始祖となる「泉屋」は、これにより多くの財をなしています。
銅から金銀を作り出す、まさに錬金術です。
世の中が不平等である限りアービトラージの視点は消えることがありません。
By Master K/益田 慶
アービトラージ発想法 Round 3 アービトラージの定義
アービトラージという言葉を聞いたことがあるでしょうか。日本語では裁定とか、裁定取引と訳されていますので、経済紙などで目にすることもあるでしょう。
英語では、“arbitrage”と綴ります。似たような言葉で“arbitrageur”“arbiter”がありますが、“arbiter”は、決裁権者、決定者を意味しています。それに対して、“arbitrageur”は、投資における「鞘取り」「鞘取り業者」を意味しています。本書では、投資における「鞘取り」を主題にしています。ですから、狭義には“arbitrage”は「鞘取り」「裁定取引」、“arbitrageur”は、「鞘取り業者」「裁定取引投資家」といった意味合いで使っていきます。
狭義にと言ったのはアービトラージという言葉が使われるのは、たとえば日経225先物を売っていたファンドなどの機関投資家が、日経平均の下げを見て現物を買ったり、ETFを買ったりというような行為を裁定取引ということが多く、一般的に使われるのはこのような現物と先物の価格差を利用して売買を両建てするようなケースが大半だからです。
株価指数だけでなく、株式の市場間格差、株式と転換社債、国債の短期と長期の金利差などを利用した取引として裁定取引はよくおこなわれます。理論値と現実値は差異を生み、情報格差は価格差を生むものです。異なる市場では同じ商品、株式が売買されていても需給関係は異なりますから、需給ギャップは当然価格にも反映されるのです。
裁定取引は、とても高度で難しい投資のように思われるかもしれません。ある種のデリバティブであることに変わりはありませんが、実はとてもシンプルで、人間の根源的な部分に触れる経済行為なのです。人間が経済活動をおこなう上で、不確定なものを確実にする智慧として生まれたのが裁定取引、アービトラージです。
現代社会では、アービトラージは投資用語として使われ、人間社会における経済活動で意味するものは捨象されているのかもしれません。
アービトラージは、人間がもつ欲求、欲望、価値観を固定化し、安定化し、増大させる人智として発達してきました。
動物としての人間、人類は、いつの時点から社会性を持った人間になったのだろうか。
私の予想では、アービトラージは、人類がヒューマン・カインドからヒューマン・ビーイングに進化したときに、ことば、道具などと同様に人智として芽生えたのではないかと考えています。
By Master K/益田 慶
アービトラージ発想法 Round 2 「市場経済」と「見えざる手」
努力なしに結果を求めるのは虫がよすぎる考え方ですが、同じ努力をするなら最小限度の努力で最大限の結果を導きたいものです。アービトラージは、「神さまからの贈り物」です。
神は常に「見えざる手」によってギャップを埋めようとする。人間は「市場経済」において「見えざる手」に気づき、さらに「市場の失敗」についても理解しつつあります。しかし人類の経済は「市場経済」ばかりではありません。
カール・ポランニーは、「すべてのトランザクションは個別である」と言いました。トランザクションとは広義の取引のことですが、取引はギャップのあるところにしか発生しません。「市場経済」では、「等価交換」が前提になっていますが、現実には等価かどうかは取引者同士が個別に決めるものであって第3者が決めることではありません。第3者が決めるのは「株式市場」「青果市場」「魚市場」などのマーケット・プレイスにおける取引ルールの下において決められるのです。
現実の社会では、物理的に、あるいは電子的に存在する市場で取引される「交換物」は大量ではあるが種類は少ないのです。多くの「交換物」は、店頭で相対(あいたい)取引されるか、取引を意識されない形で交換されるのです。
企業の従業員として働く場合、従業員と会社の間では雇用契約の形で労働力が取引されていますが、この取引は日常的に意識されているものではありません。意識されたとしても労働量と報酬といった限られた範囲にすぎないからです。毎日の業務の作業ひとつひとつに単価がついているわけではなく、給料とコストに見合った利益を生み出している労働者もいれば、そうでない者もいます。
例えば靴を作る仕事に従事している人がいたとしましょう。同じ労働をしている場合でも、靴製造会社の靴職人は労働力を会社との間で取引していますが、自営の靴職人は自身の労働力を取引してはいません。彼が取引しているのは、注文主である顧客との間で修理サービスや製品である靴を取引しているのです。会社に勤めている靴職人は職務の内容が規定されて取引の内容も異なれば、取引相手も異なります。会社勤めの靴職人と自営の靴職人、そこにはさまざまなギャップが存在しています。
あらゆるギャップにアービトラージのチャンスが潜んでいます。チャンスがあるところには必ずギャップが存在しているともいえます。ギャップを見つける眼、アービトラージャーとしての眼を養っていきましょう。
By Master K/益田 慶
アービトラージ発想法 Round 1 アービトラージとは何か
アービトラージの概念は、毎日の生活や仕事、投資などに活用することができます。また活用すべきものでもあります。この概念と応用方法を知っているだけで、いままでよりはるかに明確に目標設定ができるし、少ない努力で最大の効果を引き出すことができるのです。
個人が活用するのであれば、仕事の目的が明確化され、手段が効率化する。時間が有効に使えるようになり、新たな自分が発見できる。その結果、生活が豊かになり、感性が豊かになり、価値観が多様化し、人生が変わるかもしれない。企業がビジネスに応用するならば、利益が増え、効率が上がるだろう。
現実と希望のギャップを埋める方法、それがアービトラージ発想法だ。アービトラージは、日本語では裁定とか裁定取引と訳され、新聞紙上や経済誌などで目にすることもあるのでご存知の方も多いでしょう。日経平均株価先物を利用した裁定取引で平均株価が変動するといったニュースをよく耳にします。そんな経済の話と、個人の生活や人生が、なぜ関係しているのか。不思議に思われるかもしれません。
世の中はたえず変化しています。科学は進歩し、交通網は発達し高速化し、世界は小さくなっています。人口が増え、中国、インド、ブラジルなどの新興国の経済は爆発的に拡大しています。東西対立からソ連が崩壊し、冷戦が終わりました。さらに唯一の超大国となったアメリカも弱体化し、中国、ロシアの台頭、ヨーロッパ連合の結束と拡大が続き、世界は多極化へと変化してきました。化石エネルギーの枯渇、地球温暖化による異常気象、食物生産の変化、資源・穀物の高騰など、世界の変化は激しさを増しているようにも見えます。音楽レコードはCDにかわり、CDはデジタル・データにかわろうとしています。中国人の大半が人民服を着ていたのはわずか30年前です。現在では上海でファッションショーが開かれる時代となっています。同じ30年前、A銀行のキャッシュカードはB銀行では使えなかったのです。さらにその10年前は銀行カードすら存在しませんでした。1ドルは360円、1ポンド1000円以上、1オーストラリアドル240円の時代がありました。
アービトラージの概念は、国内と海外、現在と未来、既知と未知、需要と供給、欲求と充足、価値と無価値、過剰と不足などのギャップを埋める行為のことをいいます。人類の歴史はアービトラージによって生まれたといっても過言ではないでしょう。次回から、さまざまな経済活動、社会現象、価値観をアービトラージの概念を使って解説していきます。労働の意味、農業とはなにか、生産の意味、商業の意味、情報化社会、エンタテインメント、投資手法、文化、教育、家庭、ブランドなど分析対象となるフィールドに制限はありません。具体例をひとつひとつ分析することでアービトラージャーとしての眼力を身に着け、世の中を「目利き」することができるようになればと思います。アービトラージ分析を演繹的に示していきます。
By Master K/益田 慶